第92話 自分の理念に凝り固まると…

文字数 2,837文字

 メガネ屋に行った。
 新しいメガネを作ってもらおうと思って、である。視力測定は完全予約制で、一時間半かかる、ということはホームページを読んで知っていた。で、前日に予約しておいた。
 四十代ぐらいの主人が一人。
 愛想良く、ニコニコとしていて、お、いいメガネ屋だと思った。
 ところがどっこい。
 カルテ(?)に書き込み、問診(?)中から、だんだん様子が変わってきた。
 いや、変わったというより、… 何といったらいいのだろう。
 パソコンをよくやるという話をして、飛蚊症の話なって、
「今まで眼を使ってきたので、眼が悲鳴をあげたんです。身体の声を無視して、眼を酷使してきたからそうなったんです」
 非難するように主人が言う。
(そんなこたぁ分かってますよ)と僕は思った。

 近眼とは何か、どうしてそうなるのか、という話を主人が始める。
「生まれた時は、みんな、眼がいいんです。狩猟の時代から、それは変わっていない。眼が悪かったら、生きていくための狩りができない。ですが、人間は文字を覚えたので、近くのものを見るようになった。そしてまた遠くも見なければならない。
 近くを見たり、遠くを見たり、眼(の中の筋肉みたいなものが)柔らかいうちは、不自由なくできる。ですが、加齢に伴い、それが硬くなっていくんですね。すると、近くのものが見えなくなったり、遠くのものが見えなくなったりします」

「子どもの頃からマンガを読んで、面白いとずっと読んでしまう。快楽を求めるドーパミンが、脳から出るわけですね。で、眼が悪くなってメガネをかける。また眼を酷使する。度数が上がったメガネにする。また眼が悪くなる。また度数を上げる。その繰り返しです。根本的な原因を解かろうとしない。
 で、ウチは、小学六年ぐらいから、そうやって酷使される眼を守るためのメガネを作る、という考えでやっています。
 老眼は35歳から始まります。スマホやネットでこれだけ眼を使う人間は、将来、生まれた時から近眼になるんじゃないか、とも言われています。
 人間は、眼から始まっています。眼から入ったものが、脳に伝わって、脳が判断して…」

 てなことを、延々と図に書いて説明する主人。
 眼に関する、著名な(?)ドクター(?)みたいな人に師事して、その師匠の教えを守っている、ようなことはホームページを読んで知っていた。
 しかし、僕は何もそんな知識を得るためにメガネ屋に行ったわけではない。あくまでもメガネを作ってもらいに行ったのだ。思想的なことは、仕事をやるうちに自然に現れるもので、時間をかけて「講義」するほどのものではない。

 やっと視力測定の段階に入った。「コ」とか「リ」が、3×3=9文字の盤面に、ぼんやり見える。
「見えますか?」
 躊躇した。
 どの文字が見えるのか、指図されていないから、どの文字を言えばいいのか分からない。
「え、どこから言えばいいんですか、右上から? 下に?」
 すると主人、そんなことも分からないのか、という態度になった。
 話は前後するが、眼の中を見る時、アゴとおデコを固定する器具に顔をつけた時も、どうも何か主人はその僕が気に入らなかったらしい。
「もっと前へ」
 机を挟んで向かい合っているので、彼の足がジャマで、前へ行くのが憚られた。
 途中で主人はそれに気づき、「あ、すみません」と口では言うが、めんどくせえなぁ、という感じだった。
 その後も、
「ものが二重に見えることはありますか」
「え、裸眼で? メガネをかけていて?」
「どっちでも」
「二重… メガネを外すと、ボヤけて見えて、二重かどうかは…」
「それは分かってます。二重かどうかを訊いているんです」めんどくさいなぁ、みたいに主人はのたもう。
「じゃあ、見えません」少し傷ついて僕がいう。

 他にも、些細なところ(スプーンみたいなので片目をふさぐ時も、イライラされたり、話をしていく中で幼稚園のころ霰粒腫(さんりゅうしゅ)という眼の病気に罹ったことを言うと、「ここに書いてない」と問診に使った紙を取り出し、急に居丈高にモンクを言われたり── だがその記入欄は「過去に眼の手術をしたことがあるか」で、僕は手術は受けていないので空欄にしておいたのだ)、そういう些細なことが短時間に幾つか積み重なって、ほんとに腹が立ってきた。

 そのようなこともあって、
「け!」「は!」「サ!」ほとんど怒気をふくんで、視力検査中、僕は言っていた。
 主人は「けっこう見えますね」と言ったあと、「お気を悪くされたようで…」と言う。
「あのね、先生(先生!)はこういうことに慣れてるでしょうけど、こっちは全然慣れてない、何十年、何年ぶりなんですよ。どの文字を訊いているのか、どの文字を指してるのか、言ってくれなきゃ分からんですよ」
「すみません」と言いながら主人、たいしてすみませんそうでもない。
「すみません」僕も頭を下げたが、心の中はムッとしたままだった。
 ややこしい客が来たな、と向こうは思っただろう。
 こっちも、なんだこのメガネ屋は、と思っていた。

 少しの沈黙のあと、切り出したのは、向こうからだった。
「合わないようですね」
 メガネが合う、合わない以前の、ヒトどうしの相性の話であった。
「途中ですけど、検査料は要りませんから、やめましょうか」
「そうですね」
「どうも失礼しました」
「いえいえ、こちらこそ、すみませんでした」
 まだ僕は腹が立っていたが、そこは、これでもオトナである(?)。
「お時間、取らせました」と言って、そそくさと店外へ。
 ふたり、目を合わせようとしなかった。

 帰宅。
「マジで腹立った、自分の考えは正しいとか、信じ込んでる人間は、えてしてああいう態度をとるんだ、ひとに、寄り添おうなんてしないんだ、自分の考えや理想を絶対化したヤツは…」等々、家人に僕は怒りのままに愚痴をいう。
「えーっ、客商売なのに、そんな態度とるの? 老人が来たらどうするんだろう」
「丁寧だよ、言葉づかいとか、愛想もいいし。でも、形だけだった。老人は、適当にあしらうんじゃないか。飛蚊症じゃなくて網膜剥離だと思う、とか言うんだよ。今まで眼を使いすぎたせいだとか。ばっかじゃなかろか。ひとりで、陸の孤島で自分の講義に酔ってりゃいいんだ」
「ふうん… そんなこともあるんだ」

 もう時間が経ったから、こんなことも書ける。だが、帰宅した時、「頭から湯気が出ていたよ」と可笑しそうに家人が言う。
 とにかく、僕にも、自分は正しい、とするような頑ななものがあるのだと思う。その頑ななものが彼にもあって、それが相性のような問題になって、おたがいに「何だこいつは」「何だこいつは」になっていたのだと思う。
 そうして、検査料三千円、払わなくて済んだわい、などと、貧乏根性に微かな慰めを見い出そうとしたり、どう接すればよかったのか、その糸口を探したり、何が悪かったのか、何が最良だったのかと、とにかく考えていた。
 どうすればよかったのか。どうすればよかったのか。
 結論は、ない。
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