第9話 鹿とヒト

文字数 1,033文字

 先週、関東の方に行って家を留守中に、鹿さんが、家の庭に入って来たらしい。いや、チャンと落とし物もあるから、確実に入っていた。キンカンの葉を一番よく食べ、アジサイやらセンリョウも食べ、フルコースのディナー?を堪能され、無事に出て行かれたらしい。
 どこから入って来たんだろう。家人と、入り口を探す。竹フェンスで作った、形ばかりの「門」の横に、野生動物侵入防止の網を張ってあるが、ここに空間がある。おとなの人間の、頭がやっと入れそうな空間。張り方が甘く、もともとあった空間だった。
「いや、こんな所から入れないだろう」
「でも他にないよ。小鹿だったら、頭が入れば、入ってくる」
 裏庭へは、行かなかったらしい。
 慣れない所で、怖かったんだろうね。警戒して、でも食べ物たくさんあるから、食べて、出てったんだと思う、とは、家人の見解。

 予兆はあった。
 銭湯から帰ってくると、僕の家は川の土手沿いにあるのだが、家の石段から鹿さんが出てくるのが見えたりした。竹フェンスのそばには、鳥の落とし物から自然発芽したと思われる小さなクスの木があったり、ツツジがあったりユキヤナギがあったりして、これを鹿さんはよく食べていた。
 留守中は、人間の気配も玄関灯の明かりもないから、小鹿さんの侵入を、お母さん鹿が許したのではないかと思う。
 夜、土手沿いに4、5頭の鹿が立っていたり、浅い川に6、7頭の鹿がいたりすると、ちょっとビビったりする。夜は特に、シルエットだけが見えて、みんなこっちをじっと見ているのだ。
 でも、やっぱりいてくれて、嬉しいとも思う。
 鹿のフンも、かれらは草食だし、ヘンな物は食べていないだろうから、そんな汚いとも思わない。元気でいてくれたらと思う。

 この頃の奈良は、コロナにも飽きたのか、やたら観光客が多く見える。桜も咲いたし、今日はいい天気だ。
 しかし… 素直に桜も喜べない。青い空の向こうで、今もまったく不要な、不用でムダ、ばかとしか言いようのない破壊が。なんで、人が悲しむと分かっていることを、わざわざするか、そんなことして、一体どうなる、どうするというのか…
 こんな人の世だから、鹿や、モグラ(その後、いなくなった)が、なんだか可愛く思えるのかな。いや、もともと、可愛かった。
 もともと、みんな、可愛い… 愛=可、であるはずだったろう、と思いたい。

 エイプリルフール。今までの侵攻、ウソでした。なかったことに、しましょう。
 ウソのウソだから、ホントのことに…ならないか。
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