第222話 ホタル

文字数 587文字

 昨日の昼間、ホタルを見た。

 家の玄関前にある石段の脇の、生えた雑草の葉にとまっていた。

 夜、家人と一緒に、ホタルの光を見るために土手に出た。僕の家は、小さな川が目の前にあるのだ。

 すると、昼間見たホタルが── 石段の脇の草葉にいたホタルが、弱く光っていた。

 草の茎を登ろうとしても登れず、落ちたりする。動きが鈍く、光が弱々しい。

 情けないが、涙ぐんでしまった。もうすぐ、死んじゃうのかなと思ったからだ。

 家人はホタルが好きだ。毎晩土手に出て、川面を舞うホタルをよく見ていた。

 彼女を喜ばせてくれたホタル、その一匹が、死んでしまう…

 悲しくなったのは、その生命の存在が、ありがたかったせいだろうか。

 それとも、目の前で、一生懸命光っている… たとえ仲間が来なくても、一生懸命光っている、その姿への憐憫だったろうか。

 それとも、ただ生命が一つ、その生命の光が消え入りそうなのが、あはれ(・・・)に感じただけだろうか。

 石段の脇の雑草の下に、今、形だけのものになって、じっと動かず転がっているだろうか。

 蟻が、それに気づいて、終わった生命を生きる生命の糧にしているだろうか。

 僕にはわからない。なぜ死に、なぜ生きるのか。

 ただ、こんな「生きる意味」も考えず、その生命をまっとうする、虫や草木、鳥や獣を── 憧れのような気持ちで見、その姿を胸に焼き付く思いで、ぼくは記憶に刻んでいるようだ。
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