第211話 眼(3)

文字数 905文字

 感情をコントロールすること。
 これに長けた人は、人生の成功者に見える。
 自身の心に占領されるのでなく、自身がその領主となること。
 とてもじゃないが、大変なことだ。
 そのような時があったとしても、また心は動く。
 真っ暗闇になり、また明るみを見つけ、を繰り返す。

 一定におさまることがない。
 おさめることもできない。
 ただ、見つめることができるだけ。
 外的な何かをきっかけに、影響を受けて飛び跳ねる、この自由気ままなものを。
 よく、見てみよう。
 見つめられると、かれは弱い。
 恥ずかしさにかこつけて、すぐ逃げようとする。
 追いかけるまでもない。かれは、ここにいるのだから。

 今度は、何が原因でそうなっているのかね。
 途方もないことを訊くなよ?
 途方もなく思えるなら、途方があるだろう。そこは、どこだったのかね。
 そう、ここでいつもきみは止まってきた。
 その先へ、だからその元へ、行こうとしなかった。
 ともかくその先へ行こうとして、始めたのではなかったかね。
 宙ぶらりんの状態を、脱するために、始めたのではなかったかね。

 抽象的なことを、抽象のままではいけないと、抽象を突き詰める試みではなかったのかね。
 責めないでくれよ?
 とことん甘えたやつだ。
 よろしい。甘えさせてやる。わたし以外に、おまえが甘える相手も、いなさそうだからな。
 打ち明けられるかね? いや、きみは言語をもっているのかね。
 わたしがあてがってやらないと、きみは啞同然だ。

 とすると、わたしがきみに打ち明ける形になるね。本末転倒だ。
 わたしは聞きたいのに。
 おっと、本末を転倒させたのは、このわたしか。
 わたしが、おまえを制しなければならないのだった。
 そう決めたのは、わたしか? おまえか?
 わたしはおまえだったのか? おまえはわたしだったのか?
 ならば、なぜにこんな自問自答ができるのだ。おかしいではないか。

 やはり、おまえはいる。おまえを、こまかく映したい。描写したい。
 一定せず、不定形にころころ戯れているおまえ。
 おまえは、わたしが形どろうとするから、いびつになるのか?
 ああ、おまえをおまえのまま描けたら、どんなに気持ちがいいだろう!
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