第224話 タバコの話

文字数 732文字

 ジタンが日本で販売されなくなってしまって、数ヵ月が経つ。

 冗談でなく、悲しかった。あの美味しい、ジタンにしか出せない味。ジタンにしかない味が、もう味わえなくなってしまったからだ。

 セルジュ・ゲーンスブールが吸っているので、真似をして吸い始めたのがきっかけだった。

 ジョン・レノンも吸っていたことは、後で知った。

 とにかく美味しいとしか言えないジタンだった。軽くないタバコだったから、健康面で多少の心配も伴ったが(喫煙の時点でアウトだが)、自分の身体に合っていた。

 変な咳や喉がおかしくなることもなかったし(他のタバコだと、それがいかにライトでも喉に「後悔」が残った。でもジタンはほんとうに美味しかった… 吸っている間も、吸い終わった後も、満たされた、充実した、言えば「生きていて良かった、良いのだ」と思えるような時間だった)── 何としても「その時間を満喫できる」ありがたいタバコだった。

 ジタンを吸いながらだと、文章も楽しく書けた。まったく、魔法のようなタバコであった。

 彼女と一緒に換気扇の下で吸っていても、ひとりで楽しくなるような。

「すべてを許せる」ような気分にさせてくれるタバコだった。

 ああ、あのジタンが、もう吸えない… 本気で僕は絶望した。

 自分にとって、ガソリンのようなタバコだったと思う。吸っている時間を満喫し、その後の時間にも心的に準備ができるというか、「前向き」になれる気分にさせられる── そんなタバコ、「生き甲斐」を感じさせてくれるタバコだった。

 もう吸えなくなってしまってから、どうも調子が悪くなった気がする。

 他の、どんなタバコも、ダメだ、と言ってしまえる。

 困ったものだ。
 
 ジタンがなくなって、困っている自分に対して、困っている。
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