第186話

文字数 968文字

 なぜ書くのかという自問。投稿してまで、なぜ。
「自分が認められたいからでしょう。本能のようなものですよ」
 人が言う。
 仕事をしても、私はこれだけのことをしました! と人から認められたい。
 これは本当に本能なのか?
 為したことを評価されたいということ。
 自分だけでは満足できず、他者からの良好な反応を得ないと、満足できない?
 どうしてこうなってしまうのだろう。
 うつろいやすく、たよりない、満たされ方に思う。

 家の近所に、知足院という寺院がある。そこは荘子のいう無為自然を体現しているような寺院だ。つまり、とくに敷地内を綺麗にするわけでなく、落ち葉も、落ちたままだったりして、そのままなのだ。
 足るを知るということ。

 昨日聞いたラジオの、リスナーからの投書に、「去年まで毎年宝くじを買っていた祖母が、今年は買っていません。どうしてと訊くと、今まで生きて来れただけでありがたいのに、これ以上ありがたいことがあったらバチがあたる、だからもう買わない、と。確かにそうだなぁと思いました」というのがあった。
 バチというのは、何だろうとも思ったが、そのお祖母ちゃんは、足るを知ったんだろうかなと思った。

 昔ちょっとだけ付き合った女の子が、「何かやりたいこと、生きる目的みたいなの、ある?」というぼくの問いに、「毎日食べて、寝て、働いて… それ以外、特に。うふふ、最低の目標が目標」。
 すごいなぁと思った。

 自分を、自分が認めること。誰の目も手も借りず、自分で自分を満たしていくこと。
 これができたら、一人前の人間だろうか。

「欲望が、ぜんぶ悪いわけではない」と言う人もいた。欲があるから、発見がある、と。
「お前は何のために生きているんだ? 自分を知るためだろう?」と言う人もいた。その言葉の裏には、(みんな、人間、そうなんだよ)があった。

「自分が存在していること、していたことを、人に知ってほしいと思うのは、本能だと思う」と言っていた、ルポライターのKさん。
 書くことは、そんな本能の為せるわざなのか?
 なんだか、動物園みたいだ。
 
 人間になりたい。そんな言葉がふいに浮かぶ。
 荘子は、この世に名を残すことをしまいとした。自己顕示欲など、恥と思ったろう。
「何を残すかじゃない。生きざまなのよ」と言った、友達の奥さんもいる。
 すると、書くということは…
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