第166話 不謹慎マン

文字数 932文字

「どうして離婚したの?」
「う… それは二人の問題だから。おたがい、若かったっていうのもあるし」
「ふうん」
 だが男は、この女には正直に言ってしまおうと思った。今まで、誰にも打ち明けなかった胸の内、離婚をしたかった彼のホントウの理由を。
「ホントはね、一度、離婚したかったんだ。不謹慎だけど、一度、してみたかったんだ」
 女は笑った。
「不謹慎じゃないと思うよ。いいんじゃない? 結婚したいと思うのも、一度結婚したいと思うからでしょう。離婚も結婚も、おんなじことだよ」
「うーん、そうか」
 男は笑った。すごい女だなと思った。こんな発想、滅多にする女はいない。打ち明けて、よかったと思った。同時に、この三十年、誰にも言えず、胸の底に押し込めていた

が解放されて、霧が晴れるようだった。

「あとね」
「うん」
「前の職場にね、『オレが結婚したのは、えっちしたかったからなんです』って言ってるヤツがいてさ。『誰でもよかったんですよ』って言うんだよ。正直なヤツだなぁと思った」
 上機嫌になって男が言うが、今度は女は笑わなかった。
 暗に、< あなたもそうなの?> と問われているようだった。
 そうだったのだ。だが、(それだけではない)と男は、この女と出逢った頃を想起する。
 この女は、オレを理解してくれた女なのだ。しょーもないことを書いていた、売れない作家時代。これはウケないだろうなぁ、という作品を書いた。だが、そういう作品に限って、彼自身が最も満足して書けたのだった。もちろんそれは売れなかった。だが、そういう作品に好意的なファンレターをくれ続けた、唯一の人が、この女だった。
 だから、安心して抱けたのだ。

 基本は、プラトニックである。けっして、カラダ目的ではない。
 だが、ホントウにそうだったのか、改めて考えてみると、自信がない。
 女は、肉体よりも、精神を重んじている。ホントウに愛されることを望んでいる。
 男には、そう思えた。
 すると、しかし、初めて逢った時、また、逢うまでに、わくわくしたあの胸の高鳴りの中に、カラダを目的とした自分もいたことが、苦しく感じられるのだった。
 そしてその自分は、今もあるのだった。変わることなく。

(※ 半分くらいフィクションです)
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