第61話 ロビタの苦悩

文字数 1,912文字

 手塚治虫の「火の鳥」、望郷篇だったか、に登場する「ロビタ」というロボット。
 このロボットは、人間の脳、記憶、魂とでもいうべきものを受け継いでいて、98%はロボットなのだが、残りの2%は人間なのだ。
 ヒト型で高性能なロボットが多く人間に仕える世界にあって、ロビタはいかにも性能が良くない。ご主人様の植木の鉢を落っことしたり、ロビタ自身ベランダから落ちそうになったり、よくドジをする。そして2%の人間のなごり、つまり「意思」をもっているから、「でも」「ですが」「しかし」と、ご主人様の意見に対して反論するのだ。
 まだ人間界に、心の余裕があった頃には、そんなロビタも可愛がられた。ロボットのくせにどこか人間的で、まるで家族の一員のように各家庭に一台、家政婦みたいにロビタはいた。昔の人間が遊んでいた「チャンバラ」ごっこや、人間がとうに忘れた遊びもロビタは憶えているから、子どもにも愛された。

 だが世界が「無駄」を排除するようになり── 生産性、効率性ばかりを追うようになるにつれ、ロビタは役立たずの見すぼらしい、ただの図体がでかいだけのロボットとして、人間から疎まれるようになる。
 他の、従順で、よく仕事のできるロボットばかりが普及しはじめ、ロビタは中古のロボットとして貧乏な家庭の「お手伝い」でしかなくなってしまう。
 何より、人間がロビタを嫌うようになったのは、「自分の意見を言う」ことだった。ロボットなのだから、ご主人様の言うことを聞いておればいいのだ。「でも」「しかし」など、ロボットのくせに生意気だ。
 そうして… ロビタは自殺するようになるのだ。
 ロビタは言う、「ワタシハ、人間デス。人間ダカラ、自殺シマス」。
 ロビタ自身、なぜ自分が他のロボットのように従順になれないのか、わからない。

 一体のロビタが自殺すると、その死が空気の震動のように他のロビタたちの「心」にも伝播した。
「ワタシタチの仲間ガ自殺シタ。我々ハ、ヒトツデゼンブ、ゼンブデヒトツナノダ」というようなことを言って、次々と町の焼却炉へ、飛び込み自殺をしていくのだった。

 だが、地球を離れて、一人ロケットで生活する人間に仕えたロビタだけが生き残った。かれにも、地球での仲間の集団自殺のことは届いていた。死にたかったが、宇宙空間では自殺する

がなかった。
 そして死んだ他のロビタたちもそうだったが、かれにも善悪を見極める能力があったのだ。 
 かれが仕えていたご主人様は、悪人である。ついには、かれはご主人様を殺してしまう。そうして地球からのテレビ電話に応答した彼は、「ワタシガ殺シマシタ。裁イテクダサイ。死刑ニシテクダサイ」と言う。
 だが、「ロボットを裁けるものか。バカもいい加減にしろ」みたいに相手にされない。

 ロボットにも、人間にもなれない。
 ロビタ、この宇宙でたった一体だけになったロビタは、月面で無気力に横たわる。
「神ヨ…!」とも、ロビタは言った。

 地球はやがて核戦争に突入し、人間はほとんど滅ぶ。
 だが、宇宙を旅していた鼻のでかい博士が一人、ロケットからこの月面に横たわるロビタを発見する。
「ロビタか。型の古いロボットじゃ」とか言って、しかし博士はロビタを助ける…。

 もちろん、物語はこれだけで終わらない。
 マサトという人間(ロビタではなく、この人がこの篇の主人公)が不老不死になり、いくら死のうとしても死ねなくなる。だが、他の人間たちはぜんぶ滅んでいるのだ。何億年という歳月が流れ、マサトはしかし魂として生き続けてしまう。
 死ねない不幸。孤独すぎる世界の沈黙。
 やがて何億年後かに、またこの地球に恐竜が現れ、哺乳類が現れ、人間が現れる。
 だが、生命が正しく使われることはない。必ず戦争が起こってしまう。人類が地球を支配する前、ナメクジが地上を支配していた時代もあった。そのナメクジも、核戦争を起こしてしまうのだ。
「どうしてこうなってしまうのだろう」宇宙空間を飛ぶ火の鳥(この鳥は生命エネルギーの塊のようなもの)は、この地球を見て、そう思う。
 そして、いつか人間が正しく生命を使う日が来ることを信じて、また宇宙へ飛び立っていくのだ。

 ── これは、かなり僕の曲解も入っている。あらすじも、正しいとはいえない。だが昨日、頭が痛くてヘバッていた時、横に来た家人と何か話をするうち、僕はこんな話をしていたのだ。
 ロビタの話をするうちに、感極まって、自分がロビタになったようだった。
 やっぱり手塚治虫は尋常でない。その発想、巨大すぎる。
 萩尾望都というマンガ家も、その影響をけっこう受けたのか、壮大な物語を描いているらしい。
 まったく、アッチョンブリケ!だ。
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