第269話 尼さん

文字数 781文字

 いやあ、驚いた。ハッとした…

 JR奈良駅から伸びる三条通りを歩いていた。タバコを買いに行く途中だった。

 ほんとに驚いた。中央を一車線の車が通る。その左右に歩道がある。どこにでもあるような道だ。ただこの車道が広い、いや歩道も広いのか、道、町並み自体が広く感じられる。

 右側の歩道を歩いていたら、そのひとと逢えなかったろう。

 何mか前方から、黒い袈裟を着た、お坊さんらしき人が歩いて来ているのは見えていた。

 徐々に、近づいてくる。ぼくも、歩いていたからだ。アレッ、尼さん…?

 少し濃いめの、眉毛、そして比較的大きな眼、鼻筋はよく覚えていないが、頭はきれいに、「一休さん」みたいにほんとに綺麗に剃り上げていて、青い。

 びっくりした。あ、きれいな… いや、端正な顔立ちのせいではない、このひとはきれいだ、ほんとにきれいな、たぶん心をもった人だ。ぼくは本気でそう直感した。

 まじまじと見るのは失礼だ。ぼくは左上の空とか、建物を見るふりをした。そうして歩いていると、そのひととすれ違う。

 すれ違う時、そのひとの口元から笑みがこぼれるのが見えた。ぼくを見てはいない。まっすぐ、前を向きながら、少しだけ伏目がちに、歯を見せて笑ったのが見えた。

 ひょっとしたら、彼女も前方から、なんだかヘンなおじさんが歩いて来るのを見ていたのかもしれない…?

 そのひとは、この暑いのに、全然平気そうに歩いていた。静かに、そして凛として歩いていた。

 町の中で、ぼくは滅多に振り返らない。だが、この時は振り返ざるを得なかった。すれ違って、しばらくしてから。彼女はやっぱり、同じように歩いているようだった。もう、遠くなったような、後ろ姿が見えた…

 ほんとうに驚いた。こんなひとがいるのだと思った。

 三十代後半…? 四十代だろうか、でも年齢など関係ない、その「ひと」を感じた。

 ほんとうにきれいだった。
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