第39話 ふしぎなこころ

文字数 928文字

「Sクンからね、」と彼女がスマホを持って言う。
「今度の日曜、母校で講演することになって、こっちの方に来るんだって。京都でご飯でも食べないか、って」
「ほうほう。楽しみだねえ」
「今度の日曜か…」と彼女はカレンダーを見ながら、「元カレだし」
 うん? 元カレ?
「あ、そうだったんだ」
 その時、ぼくはどうしてか、楽しくなった。
 嫉妬とか、何かヘンなような、暗い気持ちには全くならなかった。
 なんだかワクワクして、ほんとに楽しい気分になったのだ。

 信じるとか信じないとか、そんな大仰なことでもない。
 愛しているとか愛していないとか、そんなものでもない。
 まったく、どうしてか、愉快な気持ちになった。

「なんか、オラ、わっくわくしてきたぞ!」ドラゴンボールの孫悟空みたいに笑って言う。
「何言ってんだか」と、彼女は笑い、何ということもなさげに、カレンダーに予定を書き込む。
 その日は、ちょうどぼくがひとり三泊四日の予定で、埼玉に住む義父母の、ちょっとしたヘルプに行くことになっている。
「一緒に出ようか。ちょっと顔、合わせてみる? 京都で」ほんとに何の邪心もなく、彼女が言う。
「いやいや」元カレさんと、顔を合わせるのは、恥ずかしい。何か、わるいような気がする。

 元カレさんは、まあ旅をするのが仕事のような人で、近畿地方においでの際はけっこう連絡が来て、今までも会っていたことは知っている。といっても、年に一、二回だが。
 でも、「元カレ」というのは初めて聞いた。たぶん、もうべつに何も、隠すこともない、というふうな空気のタイミングだったのだ、と思う。
 べつにケンカもしていない。ごくフツウな、いつもの日常の中の、きのうの話。(どちらかというと、ぼくらはいつも、けっこう仲良しなほうだと思う)

 こういう場合… 元・恋人とツレアイが会うというような場合、「普通」はイヤな気持ちになるものだろうか。
 人にもよるだろうけれど、この時ぼくは、どうしてかウキウキして、遠足前の子どもみたいな気持ちになってしまった。今、こう書いていても、ニヤけてしまう。
 なんか、イイなぁ、と思う。
 この気持ち、自分でもよく分からない。
 心理学者さんにでも、聞いてみたいものだ。「これは何なんでしょう?」と。
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