第29話 歩調

文字数 624文字

 ゆっくり、歩くようになった。
 今まで、何を急いで歩いていたのか、と。
 人生みたいなものではなく(それもあったが)、実際に道を歩くときの話。
 一歩、二歩と、足が交互に動く。これを、ただ見つめる。
 前方から人が来た場合、気配でわかるし、視界にも入る。
 前を行く集団があれば、べつに追い越そうとするわけでもなく、ただ流れにまかせ、ぼくが障害になるようだったら、お先にどうぞ、というふうな感じで歩いている。
 今まで、なにを()いていたのかなと思う。
 とくに、急ぐ必要もなかった。あったとしたら、そう思い込んでいたんだろうと思う。
 まわりにばかり、これでも気を遣った気になって、自分の足元よりもまわりに比重がおかれていたような。

「ヒトの足よりワガ足を。」大滝詠一も歌っていたような。
 怪我の功名、とは、よく云ったものだ。足に注意し、腰への負担なども考えながら歩くようになった。
 まだ、甘い。これが、何も考えず、無意識の自然のように動くようになったらシメたものだ。意識をなくし、心もなくし、からっぽの器のようにいきたいものだと思う。

 道を歩いていると、ピチュピチュと小鳥の声がよく聞こえる。
 ツバメも、よく飛んでいる。軒下にある巣には、ヒナたちが口を開けて、おんなじ顔してチョコンといる。
 小鳥のさえずりは、ほんとうにいい。なぜか、楽しくなってくる。
 何を云っているんだろう? などと、理解しようとするのは、やめようと思う。
 その声、それで、やはり十分だから。
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