第127話

文字数 1,858文字

 ところで、きみは独りでない、などと言われて、きみは嬉しがる時とそうでない時をがあるだろう。きみは時間のなかに揺蕩(たゆた)う。その時、きみはどの時間に心を置いているのだろう? きみの肉体はここに存在しながら、きみをきみとして限定する観念は、過去と現在のあいだに動揺している。しかも、その今も、過去になりつつあって、今にないことさえ感得する。
 きみは焦り、きみは今を、今に限りたいと、限定の観念の上にさらに限定の上塗りをする。そしてそれを今だと思う。だが、それも今ではないことも、きみは実は感得しているのだ。が、それを認めては、今がなくなる。きみは今を、今として限定したい。でないと、今ここにいる自己が、失われてしまうからだ。きみは臆病者だ。限定しないでいられないのだ…

 きみはその限定を取っ払おうとする。主体的に、きみはきみがつくった限定を解体しようとする。自分は何者でもないのだと思おうとする。実際そうなのだと、過去を引き合いに出し、何者でもなかった自己、時間によって時間のなかで変化を続けて来た自己を霧散させ、または床下に収納させ、またはデスクの引き出しに奥深くしまい、あたかもなかったことにする。
 なかったということは、あったということなのだ、ということについても、きみは漠然と、胸の内、頭の裏からそれを眺めようとするだけだ。

 きみは独りの時、人を求め、人がいる時、独りで求める。きみはきみの気分の従僕になる。
 それはきみのせいではない。
 それは、どうにかしようとしても、どうにもできないものだった。そこできみは、どうにかしようと足掻いた。抵抗した、反発した、何に対してか? 結局、自分に対してなのだ。そこにきみは、自由を見ていたのだ。そして実際、自由だったのだ。
 きみは、自分に対してしか自由になれない。それを不自由と思うかさえ、自由なのだ。
 不自由と思う自由! きみは身体を不自由と思う、老いることを不自由と思う、病むことを不自由と思う。
 何の意図もなくこの世に放り出され、わけもわからず死んでいくことを、不自由と思う!

 きみ、それは誤解だよ。
 きみは時間そのものなのだ。川、雲、山、海、みんな、繋がっているように、きみもそれらと繋がっていたのだ。目に見えるものから、目に見えぬものを照らし出す、映し出す、照射する。
 きみが被写体としたものはきみ自身であり、きみ自身が投影機そのものだったのだ。きみは地球であり、それ自体がそれ自体として自転する、地球そのものだったのだ。
 宇宙から見れば、きみは一つの星にすぎない、それはきみの心の目だ。きみの身体にある眼、その眼をつくる身体は、しかし宇宙だった。宇宙をつくる分子と、同じ構成要素によってきみの身体は創造されている。誰もが、この例に漏れることはない。
 だからきみはもっと内に目を向けるべきだった。外目にばかり囚われて、挙句にミサイルや爆弾を投下し始めた… 眼に見えるものばかりを求め、目に見えぬものを「無し」としたくて。

 きみが独りであることは事実だろう。一人、一体に限定されているからね。でもそれは宇宙から見ての話だ。
 宇宙

でなく、宇宙

、きみは行くべきだった── きみの中に、それはすでにあるものだった、それにきみは目を向けようともしなかった。
 内に向かえば、外へ向かうようになる。外へ

向かうのは、きみ、それはおよそ人間ではないよ。内に向かう目から、外界への目も、眼も、開けてくるのだ。その目が、きみはきみと同じでないから、つまり思い通りにならないから、きみは癇癪を起こし、あの国へ攻撃を始めたのだ。
 きみは可視至上主義者、可視なもの

を重んじる、現代の生んだ犠牲者だったかもしれない。

 何が悪か、何が正か、私の中では決められない。私の中には、さまざまな正、悪が、渦巻いているからだ。はたして、その正・悪は、実際のところ何が正であり悪であるのか、断じて言える根拠がない。その

は、ただ今だけに限った、ただの今だけの、取って付けた・付けられた、薄っぺらいシールのようにも思える。時代、状況、趨勢によって、とっかえひっかえ代えられる、軽薄なものに感じられる。
 きみは独りであって、独りでない、独りでないが、独りである。
 きみは特別な存在であるが、特別な存在でなく、特別な存在でないが、特別な存在である。
 きみはもっと内へ向かうべきだった、近く、遠く。遠く、近く。
 至近であり遥か彼方であり、遥か彼方だが極至近、至近すぎるきみ自身の、きみ自身のなかへ。
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