第341話 太宰と三島

文字数 1,191文字

 面白い存在であることに変わりない。特に三島は。
 徴兵され、健康診断にあたった三島は、椎名麟三がタバコを飲んで健康をわざと害し戦地へ行くのを免れたように、何かやった。そして健康診断を終え、帰宅命令を得た三島は、その敷地内を出てから「走って逃げた」というのだ。「やり直し」を命じに関係者が追って来る妄想に駆られて。
 愛国心の強い人間のイメージがあるが(私は、三島は日本にとにかく一本の確固たる道、国民に共通の、強度の強い精神的な支柱、土壌のような、西洋でいうキリスト教的なものを欲したのだと思う、それが天皇制であれ何であれ、何でもよかったのだと思う)若き日の三島は「国のために死ぬ」ことを拒否していた。

 これは意外なエピソードだ。この時の「卑怯さ」── 三島に「恥」を、その後消えることのない、思い出しては死にたくなるような恥ずかしさを、かれは常に覚えながら生きることになったのではないかと愚想する。
 あの死に方へのステップを駆け上がる、それに必須の体力・栄養を、「逃げ出した」恥、恥辱とともに過ごした時間のうちに、かれは充分すぎるほどに培ったのではないか。少なくともその階段を昇る一環になったろうと愚想する。コンプレックス、呵責、恥じるべき自己を硬化して。

 また、三島はいつも自宅の玄関先の庭で裸になって、さすがに上半身だけだと思われるが、日光浴をしていた。かれは、そうして、やって来る編集者を待っていた。その編集者に自分の肉体を見せつけるために!

 太宰とのエピソードも面白い。太宰がファンに囲まれ、今でいう「ファンとの集い」を開いていた場に、三島はわざわざやって来て、自分はあんたの小説が大嫌いだ、と言ってのけた。
 それを受けて太宰は、「そんなこと言ったって、こうして来てるんだからねえ」と、傍らにいるファンに笑って言った。いかにも同意を求めるように。
 横を向き、三島から視線を逸らした太宰と、あの大きな真っ直ぐな眼で太宰を見据えていた三島。
「あんたの小説は大嫌いだ」ただ一言、それだけを言いに来た三島…。
 三島は、太宰が大好きだったのだろう。

 一歩間違えば、かれらは親友になっていた気がする。似すぎていたのかもしれない。
 しかし何とも、すごい時代だった感が否めない。あの三島の自決。ニュースが走った時、ある高校では授業を中断し、「人を愛するとはどういうことか」と、教師が学生に一人一人、問うたという。

 三島がどこへ向かっていたのか私には分からない。しかし、どうにも、何やら憎めない、何ともいえぬ、奇妙な励まし、何か励まされるような、「その気にさせる」貴重な人物だったように思われる。
 悲喜劇を一身に、一心に演じ、果てた。あっぱれな生であり、死であった、と言っていいものか… 何かそこには、人間が人間であるところの何かが、抜き差しならぬ決定的な何かがあるように感思されてならない。
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