第171話 油断禁物
文字数 1,877文字
「元々の問題文では、本物のコインの重さを決めていなかったよね?」
うん。確かにその通り。
「解説するのに分かり易いようにってことで、一枚百グラムに決めた。ではこれが不明なままだったらどうだろう?」
ここでシュウさんは相田先生の方を向く。
「相田先生。XやYを使った説明はしない方がいいですか?」
「うん? そりゃあまあ使わなきゃできないというなら仕方がないが。最悪、丸とか四角を代わりに使えば同じになるんじゃないか。それくらいなら算数の授業でやってる」
「そうですね。ありがとうございます。――じゃあ、本物のコイン一枚の重さを□で表すとするよ」
言いながらボードに、「□:本物コインの重さ」と書く。続いて同様に「△:ニセコインの枚数」と書き、
「△は秤に載せたコインの中に、偽物が何枚あるかっていう意味だよ」
と説明したシュウさん。ここまでは簡単に飲み込めた。
「では先ほどと同じように、順を追ってみよう。仮に、秤のコインが全部本物だとしたら、コインは五十五枚あるから55×□の重さになる。実際には偽コインの枚数かける一グラム分重たくなるのだから、55×□+△×1。そして秤の目盛りがたとえば、五千五百三を示したとするよ。式にするとこう」
55×□+△×1=5503。最初の説明で例に出されているから、△が3で、□が100なら成り立つのがすぐに分かる。
「誰かこの△の数が分かる人はいる?」
シュウさんの問い掛けに、私も含め、みんな戸惑った顔をしている。ううん、相田先生と不知火さんはちょっと違うけど。
「じゃあ、森君。分かるかな?」
「……さっきので3を入れたら成り立つ……気がするけど、何かおかしい。条件が足りないような。△に入るのは1から10までっていう条件はあるけど、それでも足りない」
パズルを得意とするだけあって、森君は短い間にも試行錯誤したのが感じ取れた。
シュウさんは目を細め、「いいねぇ」と応じる。
「△に3を入れると、□が100となって式が成り立つのはみんな分かると思う。でも成り立つのは3のときだけ? 他の数だと成り立たないのかを確かめよう。また例えばになるけれども、△が8だとしたら」
シュウさんは時計を一瞥してから、素早く書き始めた。
55×□+8×1=5503 → 55×□+8=5503
「8を右に持って来て、55×□=5495。両方を55で割ると□は99.909090……となる。約99.91グラムとしよう。これで何が言えるかというと、もしも説明のときに、『分かり易いよう、本物のコインの重さを例えば99.91グラムにするね』と言って解説をスタートすれば、偽コインの枚数は八枚になり、偽コインの詰まった袋は八番目になっていたことを意味してる」
「要するに答は定まらないってこと?」
陽子ちゃんが呟いた。独り言のつもりだったみたいで、シュウさんが「その通り、木之本さん」と反応すると、陽子ちゃんは焦った様子で「ど、どうも」だって。
「答が出ない問題を、ドラマでは出していたことになるんですか」
これは水原さんの声。ちょっぴりショックを受けているみたいに聞こえる。これに対するシュウさんの返事は気遣いが含まれていた
「うーん、そこまで言い切るのはどうかなと思う。というのも、『殺しの序曲』を見てみると、問題文では本物のコインの重さは何も言ってないんだけど、すぐに“例えば百グラム”と付け加えているんだ。それも二回もね。原語――英語では聞いてないから分からないんだけど、翻訳通りだとしたらどうして問題文ではっきり百グラムにしなかったのか、ちょっと不思議だね」
「聞いてると、出題をミスしたと言うよりかは、問題の文章がまどろっこしいって感じなんだな」
先生が意見を述べた。
「このパズルは難問だぞと、必要以上に強調してしまったように思える。難しく見える算数の図形問題が補助線一本で解けるのにちょっと似てる」
「でも補助線は解く側が地力で気付けるのに対して、コインの重さは勝手に決めるわけにはいきません」
「それもそうだ。もっとうまいたとえ、ないもんかな」
先生が考え込んだところで、シュウさんは私達の方を向いた。
「まあ、初回から騙すみたいなことをしてごめんな。ただ、僕のレクチャー……えっと、講義はこういう風に時たま引っ掛けを仕込んでいくつもりなので、おかしいと思ったらどんどん言ってね。先生が言ったことだからってそのまま正しいと思い込まずに、一度立ち止まって考えてみて欲しいんだ」
つづく
うん。確かにその通り。
「解説するのに分かり易いようにってことで、一枚百グラムに決めた。ではこれが不明なままだったらどうだろう?」
ここでシュウさんは相田先生の方を向く。
「相田先生。XやYを使った説明はしない方がいいですか?」
「うん? そりゃあまあ使わなきゃできないというなら仕方がないが。最悪、丸とか四角を代わりに使えば同じになるんじゃないか。それくらいなら算数の授業でやってる」
「そうですね。ありがとうございます。――じゃあ、本物のコイン一枚の重さを□で表すとするよ」
言いながらボードに、「□:本物コインの重さ」と書く。続いて同様に「△:ニセコインの枚数」と書き、
「△は秤に載せたコインの中に、偽物が何枚あるかっていう意味だよ」
と説明したシュウさん。ここまでは簡単に飲み込めた。
「では先ほどと同じように、順を追ってみよう。仮に、秤のコインが全部本物だとしたら、コインは五十五枚あるから55×□の重さになる。実際には偽コインの枚数かける一グラム分重たくなるのだから、55×□+△×1。そして秤の目盛りがたとえば、五千五百三を示したとするよ。式にするとこう」
55×□+△×1=5503。最初の説明で例に出されているから、△が3で、□が100なら成り立つのがすぐに分かる。
「誰かこの△の数が分かる人はいる?」
シュウさんの問い掛けに、私も含め、みんな戸惑った顔をしている。ううん、相田先生と不知火さんはちょっと違うけど。
「じゃあ、森君。分かるかな?」
「……さっきので3を入れたら成り立つ……気がするけど、何かおかしい。条件が足りないような。△に入るのは1から10までっていう条件はあるけど、それでも足りない」
パズルを得意とするだけあって、森君は短い間にも試行錯誤したのが感じ取れた。
シュウさんは目を細め、「いいねぇ」と応じる。
「△に3を入れると、□が100となって式が成り立つのはみんな分かると思う。でも成り立つのは3のときだけ? 他の数だと成り立たないのかを確かめよう。また例えばになるけれども、△が8だとしたら」
シュウさんは時計を一瞥してから、素早く書き始めた。
55×□+8×1=5503 → 55×□+8=5503
「8を右に持って来て、55×□=5495。両方を55で割ると□は99.909090……となる。約99.91グラムとしよう。これで何が言えるかというと、もしも説明のときに、『分かり易いよう、本物のコインの重さを例えば99.91グラムにするね』と言って解説をスタートすれば、偽コインの枚数は八枚になり、偽コインの詰まった袋は八番目になっていたことを意味してる」
「要するに答は定まらないってこと?」
陽子ちゃんが呟いた。独り言のつもりだったみたいで、シュウさんが「その通り、木之本さん」と反応すると、陽子ちゃんは焦った様子で「ど、どうも」だって。
「答が出ない問題を、ドラマでは出していたことになるんですか」
これは水原さんの声。ちょっぴりショックを受けているみたいに聞こえる。これに対するシュウさんの返事は気遣いが含まれていた
「うーん、そこまで言い切るのはどうかなと思う。というのも、『殺しの序曲』を見てみると、問題文では本物のコインの重さは何も言ってないんだけど、すぐに“例えば百グラム”と付け加えているんだ。それも二回もね。原語――英語では聞いてないから分からないんだけど、翻訳通りだとしたらどうして問題文ではっきり百グラムにしなかったのか、ちょっと不思議だね」
「聞いてると、出題をミスしたと言うよりかは、問題の文章がまどろっこしいって感じなんだな」
先生が意見を述べた。
「このパズルは難問だぞと、必要以上に強調してしまったように思える。難しく見える算数の図形問題が補助線一本で解けるのにちょっと似てる」
「でも補助線は解く側が地力で気付けるのに対して、コインの重さは勝手に決めるわけにはいきません」
「それもそうだ。もっとうまいたとえ、ないもんかな」
先生が考え込んだところで、シュウさんは私達の方を向いた。
「まあ、初回から騙すみたいなことをしてごめんな。ただ、僕のレクチャー……えっと、講義はこういう風に時たま引っ掛けを仕込んでいくつもりなので、おかしいと思ったらどんどん言ってね。先生が言ったことだからってそのまま正しいと思い込まずに、一度立ち止まって考えてみて欲しいんだ」
つづく