第27話 幕開け
文字数 2,230文字
真ん中付近の席でステージに近いところはさすがにだいぶ埋まっている。開いていても、私達五人が横に並べるほどまとまってはいない。
結局、前から五列目、右側通路から五つ分のシートを確保した。真ん中に近いことは近い。
「順番、どうする?」
先頭を切ろうとした朱美ちゃんが聞いてきた。決めかねた私はシュウさんを振り返った。
「経験のない人ほど、ちょっとでもいい席で見るのがいいかな」
それならまあ公平よね。朱美ちゃん、不知火さん、森君の三人が中で、その次が私、シュウさんが通路際。
と、これで決まりと思ったのに、森君がごねた。
「女の隣なんて座りたくない」
この期に及んで……。何をすねてるんだろう。
「ん、まあ、君がそれでいいのなら、僕の右隣しかないな。一番通路側になるけど」
シュウさんは特にこだわらない。こんなことでゴタゴタするのも馬鹿らしいということかしら。最終的に朱美ちゃん、不知火さん、私、シュウさん、森君の順で奥から座った。
「そうそう、プログラム。みんなの分もあるから、一枚ずつ取って」
薄いオレンジ色の紙を使った、四ページのプログラム。その内の一ページは丸々企業広告だから、実際は三ページだ。最初が表紙で、二ページ目が開会の挨拶と特別ゲストの紹介、三ページ目に本日のタイムスケジュールが載っていた。
ゲストマジシャンは三名で、五十音順に並べて記されていた。
・青三
・仮面術者
・加山圭子
とある内、私が知っているのは真ん中の仮面術者だけ。
「シュウさん。さっき言ってた中島さんが代理で出るっていうのは、仮面術者の?」
「そうだよ。お昼のワイドショーに、何度か出演していたから、知っている人も多いんじゃないかな」
朱美ちゃんと不知火さんから、知っているという声が上がった。森君はどうなのか分からない。
「何て言えばいいのか、アステカ文明をイメージしたようなマスクを着けた、結構背の高い人でしたね? 手先の動きに気を取られていると、マスクがいつの間にか全然違うデザインになっていて、驚いた覚えがあります」
「そうそう。その人が出る予定だったのに、観られないのかあ。残念」
「代理で出る人は、その仮面術者の師匠だよ」
不知火さんと朱美ちゃんが言うのへ、シュウさんが呼応する。
「さっきの? おじさんとおじいさんの中間ぐらいだったけど、あの人も仮面被るとか?」
ずけずけとした物言いの朱美ちゃん。まあ、確かに年齢はそんな印象だったけれども。
「残念ながらと言っていいのか分からないけど、被らない。正統派というか、いかにもマジシャンらしい格好で、マジシャンらしいことをする人だ」
「古臭い感じ?」
朱美ちゃん……。
「さあ、分からない。何でもできるから、中島先生は。新しい物も貪欲に取り入れ――」
館内アナウスンスがあった。女の人の声で、もうすぐ開演なので着席するようにとの旨が告げられる。
程なくして三々五々、人が集まり出した。
「意外と……ご高齢の方が多い気がします」
不知火さんが率直な感想を述べる。場内は徐々に明かりが落とされ、暗くなってきた。
「うん。市民スクールってあるだろ。あれで手品教室が開かれると、定年後の人達が結構参加するんだよ。そこからはまる人が、団体に所属して、その知り合いが観に来る感じかな。あ、もちろん、舞台に立つほどじゃないけどマジックが好きで所属している人達もいるからね。今日は観客としてこちら側に座っているわけ」
「ということは、六十代、七十代の方も舞台に立つのでしょうか」
やや不安げな調子で言う不知火さん。
「多分いる。ここの団体の会長さんからして、八十近いはずだから」
プログラムを見ると、多田忠敏 会長のご挨拶とあり、一方タイムスケジュールの中程には、出演者として多田忠敏さんの名前が出ていた。明かりが落とされ、ほとんど常夜灯のレベルで読みづらかったけれども、間違いない。
そうこうする内に、ステージへスポットライトが当てられた。まだ幕は上がっていないので、焦げ茶色の幕そのものに丸くて白い円が浮かんだみたいに見える。
と、ここで改めて開演を告げるアナウンスが入り、同時に、舞台袖向かって左から、高齢男性が姿を見せる。歩くスピードこそ遅いけれども、背筋のしゃんとした痩せた人だった。燕尾服とかモーニングとか、そういう感じの正装っぽい衣装での登場に、客席の一部から拍手が起こる。
「皆様、ようこそおいでくださいました。**市民マジック連盟会長の多田忠敏でございます。タダタダ、タダタダと続くせいかステージネームですかとよく尋ねられますが、本名です」
会長さんだった。お決まりの言葉なのかしら、これだけでまた一部がどっと沸く。
「このような名前ですが、ただただ歳を重ねてきただけではございません。短くとも余生の大半はマジックに捧げております。今年もまた会員有志による発表の場を持てたこと、特別ゲストとして青三さん、加山さん、中島先生のお三方のご協力も得て、ここに賑々しき開催できることを感謝いたします。そしてまた、お集まりくださった愛好家や愛好家でない方々全員にも、感謝感激雨あられでございます。皆さんにおしまいまで楽しんでもらえるよう、一同がんばりますので、ご声援の程をよろしくお願いします」
つづく
結局、前から五列目、右側通路から五つ分のシートを確保した。真ん中に近いことは近い。
「順番、どうする?」
先頭を切ろうとした朱美ちゃんが聞いてきた。決めかねた私はシュウさんを振り返った。
「経験のない人ほど、ちょっとでもいい席で見るのがいいかな」
それならまあ公平よね。朱美ちゃん、不知火さん、森君の三人が中で、その次が私、シュウさんが通路際。
と、これで決まりと思ったのに、森君がごねた。
「女の隣なんて座りたくない」
この期に及んで……。何をすねてるんだろう。
「ん、まあ、君がそれでいいのなら、僕の右隣しかないな。一番通路側になるけど」
シュウさんは特にこだわらない。こんなことでゴタゴタするのも馬鹿らしいということかしら。最終的に朱美ちゃん、不知火さん、私、シュウさん、森君の順で奥から座った。
「そうそう、プログラム。みんなの分もあるから、一枚ずつ取って」
薄いオレンジ色の紙を使った、四ページのプログラム。その内の一ページは丸々企業広告だから、実際は三ページだ。最初が表紙で、二ページ目が開会の挨拶と特別ゲストの紹介、三ページ目に本日のタイムスケジュールが載っていた。
ゲストマジシャンは三名で、五十音順に並べて記されていた。
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とある内、私が知っているのは真ん中の仮面術者だけ。
「シュウさん。さっき言ってた中島さんが代理で出るっていうのは、仮面術者の?」
「そうだよ。お昼のワイドショーに、何度か出演していたから、知っている人も多いんじゃないかな」
朱美ちゃんと不知火さんから、知っているという声が上がった。森君はどうなのか分からない。
「何て言えばいいのか、アステカ文明をイメージしたようなマスクを着けた、結構背の高い人でしたね? 手先の動きに気を取られていると、マスクがいつの間にか全然違うデザインになっていて、驚いた覚えがあります」
「そうそう。その人が出る予定だったのに、観られないのかあ。残念」
「代理で出る人は、その仮面術者の師匠だよ」
不知火さんと朱美ちゃんが言うのへ、シュウさんが呼応する。
「さっきの? おじさんとおじいさんの中間ぐらいだったけど、あの人も仮面被るとか?」
ずけずけとした物言いの朱美ちゃん。まあ、確かに年齢はそんな印象だったけれども。
「残念ながらと言っていいのか分からないけど、被らない。正統派というか、いかにもマジシャンらしい格好で、マジシャンらしいことをする人だ」
「古臭い感じ?」
朱美ちゃん……。
「さあ、分からない。何でもできるから、中島先生は。新しい物も貪欲に取り入れ――」
館内アナウスンスがあった。女の人の声で、もうすぐ開演なので着席するようにとの旨が告げられる。
程なくして三々五々、人が集まり出した。
「意外と……ご高齢の方が多い気がします」
不知火さんが率直な感想を述べる。場内は徐々に明かりが落とされ、暗くなってきた。
「うん。市民スクールってあるだろ。あれで手品教室が開かれると、定年後の人達が結構参加するんだよ。そこからはまる人が、団体に所属して、その知り合いが観に来る感じかな。あ、もちろん、舞台に立つほどじゃないけどマジックが好きで所属している人達もいるからね。今日は観客としてこちら側に座っているわけ」
「ということは、六十代、七十代の方も舞台に立つのでしょうか」
やや不安げな調子で言う不知火さん。
「多分いる。ここの団体の会長さんからして、八十近いはずだから」
プログラムを見ると、
そうこうする内に、ステージへスポットライトが当てられた。まだ幕は上がっていないので、焦げ茶色の幕そのものに丸くて白い円が浮かんだみたいに見える。
と、ここで改めて開演を告げるアナウンスが入り、同時に、舞台袖向かって左から、高齢男性が姿を見せる。歩くスピードこそ遅いけれども、背筋のしゃんとした痩せた人だった。燕尾服とかモーニングとか、そういう感じの正装っぽい衣装での登場に、客席の一部から拍手が起こる。
「皆様、ようこそおいでくださいました。**市民マジック連盟会長の多田忠敏でございます。タダタダ、タダタダと続くせいかステージネームですかとよく尋ねられますが、本名です」
会長さんだった。お決まりの言葉なのかしら、これだけでまた一部がどっと沸く。
「このような名前ですが、ただただ歳を重ねてきただけではございません。短くとも余生の大半はマジックに捧げております。今年もまた会員有志による発表の場を持てたこと、特別ゲストとして青三さん、加山さん、中島先生のお三方のご協力も得て、ここに賑々しき開催できることを感謝いたします。そしてまた、お集まりくださった愛好家や愛好家でない方々全員にも、感謝感激雨あられでございます。皆さんにおしまいまで楽しんでもらえるよう、一同がんばりますので、ご声援の程をよろしくお願いします」
つづく