第11話 天国にちょっとでも近い場所

文字数 3,263文字

「自分で言い出しておいてなんですが、どうかと思います」
 やんわりと否定する不知火さん。
「少なくとも11秒は間違いです。11という値を答にしたいのなら、1と1に分けてはいないはず」
「あ、そうか。じゃ、10分1秒1?」
 陽子ちゃん、寄り目になって首を傾げた。自分で言って、信じられていない感じがにじみ出てる。
「コンマ一秒って、測りにくい。十分遅れたら遅刻だと書いてあるし、決められた時刻より早くてもだめなんだろうから、これは現実的じゃない」
「そういうことになります。もう一点、引っ掛かりを覚えるのは、3時。午前と午後があるのに、こんな曖昧でいいのかっていう」
「夜中の3時はもう過ぎたから、ではいけないの?」
「だったら、問題として二流です」
 ぴしゃりと断言した不知火さん。
「確かに森君は今日中のことだと言いましたが、その段階で午前3時を過ぎていたからといって、曖昧さは許されません」
「う~ん」
 そこまで厳密に考えなければいけないのだろうか。奇術には緻密な計算で成り立っているものもあるけれど、その一方で、失敗したときや、ちょっと意地悪なお客さんを相手にしたときでも、リカバリーできる柔軟な演目だってたくさんある。そっちの方が多いかもしれない。どちらもあり得る……。
「遅くなってごめーん」
 そのとき、朱美ちゃんの声が届いた。後者の方を向くと、朱美ちゃんとつちりんが、前後して走ってくるのが見えた。あと十分強しかないのに、出て来てくれて感謝!
「どんな具合?」
 二人に聞かれて、これまでの成果?を余さず伝えた。
「なるほど~。さすが不知火さん、読みは当たってる気がする」
 朱美ちゃんが絶賛するも、当人は不満そう。
「手応えがないんです。周りを包んでいる物には手を触れられているのに、ふわふわとして、本体を掴めない。そんなイメージ」
「……ねえ、もっと単純でもいいのでは」
 膝を折って、掲揚台の縁に顎を乗せるようにして問題文をじっと見つめていたつちりんが、不意に言い出した。
「単純って、普通、暗号は複雑なもので――」
「でもぉ、この文章の文字数、区切らずにそのまま数えたら……ね?」
「あ」
 十五文字。
 15時。午後3時だ。

 午後2時55分。私達奇術サークル(仮)の五人は、その場所を目指して階段を昇っていた。
「当たってると思う?」
「多分。森君も姿を消したし」
「それより、開いてるのかな」
「うん、そっちの方が心配」
「もし開いているのなら、普段も解放して欲しい」
 そんなことをお喋りしながら、いつもならまず使わない階段を行く。
 最後の踊り場をくるっと回ったとき、屋上へ出る手前のドアのところに、森君の姿があった。
「あ、いた」
「――来ちまったか」
 ドアから離れ、ステップを数段飛ばして、踊り場まで降りてきた。
「この時間にここに現れたってことは、解けたんだな」
「まあ、そうみたい」
 私は何故だか照れ笑いを浮かべた。その後ろで、不知火さんが疑問を口にする。
「それにしては、どうしてこんなところで待ってるの? ここは厳密には正解ではないでしょう?」
「しょうがないだろ。先生に頼んだけど、許可してくれなかった」
「やっぱり、屋上には出られないのね」

 私達が導き出した、森君指定の場所は屋上。当たっていたけれども、通常、そこに出入りするドアは鍵が掛かっていて使えない。どうするんだろうと思っていたら、この有様ってわけ。
「どうやって答が分かったか、一応、聞かせて」
 白旗モードになったのかしら、森君の言い方が妙に可愛くなる。

 午後三時というのは、問題文が無理矢理字数調整したような感じで、十五文字になっていたことから。ついでに、時間の「時」と文字の「字」は発音が同じだから。

「屋上っていうのは、傍点に着目したわ。問題文の“く”と“お”に点々を打ってる。文章は横書き。点は文字の上に来る。“く”と“お”の上……“お”と“く”の上……“お”“く”の上、それで“おく上”だよね」
 謎解きの大部分を受け持った不知火さんが、とうとうと説明し終えた。森君は無言のまま、こくりと首を縦に一度振った。
「やった!」
 思わず、跳びはねて喜ぶ。正解だということは、さっき森君を見付けた時点で分かっていたのに。解く過程も合っていたと知って、余計に嬉しさを感じた気がする。
「おっと、喜ぶのは早いんじゃない」
 森君の言葉に、動きが止まる。
「え、何で」
「解いたら返事をしてやるって言っただけだからな」
「……ええー、嘘?」
 ここまでさせといて、勧誘に対する返事はノーだっていうの?
 動揺して、へたり込みそうになる。そんな私を不知火さんとつちりんが支えてくれた。朱美ちゃんと陽子ちゃんは、一斉に森君を攻撃、ううん、口撃する。
「ちょっとあんた、それはないでしょ!」
「男子一人でよく決心してくれたと思ってたのに、さいてー」
「大人だったら、損害賠償もんじゃない? 詐欺かな?」
「みんなに言いふらしてやるから、女心を弄んだって」
 いや、それは言い過ぎ……。
 私が仲裁に入ろうとしたのを、不知火さんが腕に力を入れて止める。そして前に進み出た。凄く怒ってる? その様子に圧を感じたのか、陽子ちゃんと朱美ちゃんも静かになった。
「私にも素直でない面はありますが、森君ほどじゃないと言い切れます」
「な。何だよいきなり」
「森君、午前中にあなたは言いました。『解けなきゃ返事はしない。ていうか、入らない、が返事だから』と。覚えてる?」
「ああ。何となくだけど」
「『解けなきゃ返事をしない』を打ち消して、『解けなかったら入らない』と言っているんですよね? これは裏を返すと、入るのは解けたときという意味になります。違いますか?」
 びしばし詰め寄る不知火さん。実際には一歩も動いてないんだけど、地底奥深くを流れる川みたいな静かな迫力があった。
「そうだよ。解かれたら入るつもりだった」
 だった? 過去形って。
「ただ、おまえらが午前の休み時間にやって来たあと、伊川や外山とかにまたやいやい言われて、決心が鈍ったつーか、嫌になったというか」
 なんだ。そうだったのか。
「ごめん、森君」
 私は不知火さんを押しのけるようにして前に出た。
「あのときは私、焦ってたから。どうなるかは想像できてたのに、直接言いに行ってしまいました。本当にごめんなさい」
 頭を下げる。
 三秒ほど経って、「いいよ、あれくらい」と森君の声。
 それでも頭を下げたままでいると、
「もういいって。頭上げて。こっちがお願いする」
「……許してくれる?」
 面を起こし、尋ねた。即座に「うん」と答が返る。さらに続けて、
「俺こそ、ごめん。そのー、変な態度取ってしまって……お詫びのしようもございません」
 照れくさくなったみたい。森君の丁寧すぎる言い方に、誰かが吹きだした。それはすぐに伝染して、みんな笑ってしまう。
 しばらく経って笑いが収まってから、森君が言った。
「そんじゃ。よろしくということで。活動は何曜日? それと用意する物は?」
「入ってくれるんだ?」
 このときの私の顔は、ぱっと明るくなっていたに違いない。
「この流れで、じゃあ入らないからさよならってなるわきゃないだろ」
「そうかなー。男子には意地悪が多いので」
「またそういう男対女を煽るような言い方はやめにしてくれよ。居づらいのが、今から想像できちまう。で? 曜日といる物、決まったら教えてくれよな?」
 捨て台詞のように言い残すと、森君は私達の間を抜けて、階段を降りていった。足音からかなりのスピードと分かるけど、転ばないでね。
「あ、不知火さん、さっきは押しのけてごめんね。私のために言ってくれてたのに」
「いえ。とてもよかったです、佐倉さん」
 普段、あんまり表情に出さない不知火さんが、にんまりしてる。私もつられた。

つづく
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み