第85話 緊急レッスン

文字数 1,386文字

「そのつもりだけど、アンケートはあくまでも参考だからね。思っていた通り、好みはかなりばらけているし」
「それもそっかぁ。じゃ、誰かに合わせる?」
「……いや、やっぱり基本はカードだね。カードマジックの基礎をやりながら、別口で、メンバーの好みに沿ったマジックを毎回、一つ取り上げようと思う」
「あ、それだったら最初は不知火さんと水原さんがリクエストしている物からやってほしい!」
 いきなり声を大きくしたせいで、シュウさんは耳を塞いでしまった。そのポーズを解きながら注意してきた。
「――そんなに強く主張しなくても聞こえてる。二人の好むマジックって、そこまで言うほど被ってたっけか」
 アンケート用紙を手に取り、見直すシュウさん。私は急いで首を横に振った。
「ううん、違うんだってばシュウさん。二人がリクエストしていたのは、透明なマジックとか消えるマジックなのよ」
「消えるのはともかく、透明って? あ、さっき言っていたカップが透明なカップ&ボールか」
「そうじゃなくって。いえ、別にそれもいいんだけど、透明から連想されるマジックってこと」
「ふうん。ユニークなお題だね。ただ、何かが透明になるマジックというと……かなり本格的な奇術道具を使う物ばかり思い浮かぶなあ」
「不知火さんと水原さん二人だけなら見せるだけでもいいと思うんだけど、種明かしをせがんできそうな子もいるし」
「消失マジック、何かを消すマジックの方は、いい感じのがいくつかあるね。フォールスカウント一つ取っても、立派な消失マジックだ。出現マジックにもなる」
「ああ、あれ結構難しいよね。エルムズレイカウントがやっとできるかどうか」
 専門用語が出て来たけど、フォールスカウントっていうのは、“見せ掛けの数え方”というニュアンスで、単にカウントと呼ぶことも。色んなやり方があって、説明しきれない(というか文字で説明しても分かりづらく、面白くもない)。ここではトランプをカウントする場合を想定してるってことだけ分かっていれば大丈夫。言わなくても分かるかもだけど、エルムズレイはカウントの手法の一つ。
「よし、見てあげよう」
「えーっ、いきなり?」
「マジックをやってますと言ったら、普段いきなりやってみせてと求められることくらい、いくらでもあるでしょ。そのつもりでさあやって」
 うう、しょうがない。意識しすぎると、頭の中が混乱してわやくちゃになるんだよねえ。何も考えないで、勝手に手が動くぐらいにならないと。
 とにもかくにも、カード四枚を用意する。見栄えがいいように、赤の絵札三枚と、スペードのエース一枚にした。
「ここにトランプのカードが四枚あります」
 裏向きのまま扇に開き、四枚あることを示す。次いで切ろうとしたとき、
「『本当に四枚? ちょっと見せて』」
 と、シュウさんが芝居がかった口調で言った。予想外のことに「えっ」と固まってしまう。
「止まったらいけないよ、萌莉。渡さずにそのまま切り始めて、表向きに赤いカードが四枚あるように見せれば、事足りるんだから」
「でも~」
「お客の声をスルーしづらいなら、やる前から四枚なんて言わないこと。切りながら見せればいい。四枚と言ってしまったのなら、『種も仕掛けもあるので渡せないんです~』ぐらいに開き直らなくちゃ。ということで、最初から」

 つづく

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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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