第50話 内に秘めた狙い

文字数 2,067文字

「推理小説好きな人が、占いを信じるかなあ」
 つちりんから占いのレクチャーを受けた内藤君だったけど、全て終わってから根本的な疑問を口にした。
 女子なら占い、だいたい信じるだろうという見込みで計画を進めていたのに。これは盲点だわ。
 聞いていた私は、陽子ちゃんの方を見た。情報網は?
「いや、そこまでは知らないけど。たとえ信じないタイプだとしても、信じるような雰囲気持って行けるでしょ、委員長なら」
「何を理由に、そういう期待をされているのやら……」
「甘い言葉を囁くとか」
「木之元さんは、僕をどういう目で見ている?」
「無理?」
「無理だよ。何かこう、念のためにもう一押し必要じゃないかな。信じてもらうだけの何か……占いで言うなら、奇跡の偶然、みたいなやつ」
「――あ、だったら」
 心当たりがある。ただこれだと、短期間で内藤君に“できる”ようになってもらわなくちゃいけなくなるんだけど。

             *           *

 その日の文芸クラブが終わって、廊下をとぼとぼと帰る。何とも言い表しようのない疲労感ともやもやを抱えていた。
 今日も言い出せなかった。意識が違うだけで、どちらが悪いという話じゃないので、辞めると言い出しにくいのだ。
 少し前に、相田先生に聞いてみた。途中でクラブを変えることは可能なのかどうか。
 先生も知らなくてもその場では答えてもらえなかったけれど、翌日、調べて教えてくれた。まず、厳密なルールが定められているのではないとのこと。そして、前例がない訳ではないことも。案外、多いらしい。
 要は、クラブ授業が新しく始まってから一ヶ月目ぐらいまでなら、クラブを変えることは認められるのが通例。それが先生の見解だった。
「水原は、変えたいのかクラブ?」
「――小説の設定です。うちの学校ではどうなっているのか、参考にしようと思って」
 そう言い訳して、お礼を述べた。考えてみれば、相田先生は奇術サークルの顧問だった。今の時点で察知されても困る。
 さて、ここまで調べてみたものの、打つ手がない。踏ん切りを付けるには、何か材料がいるのだけれども……見付けられないでいた。
 前方斜め下の廊下を見るともなしに見つめながら、ゆっくり歩いていると、不意に騒がしい足音がした。この感じは、走っている。どちらから来るのか瞬時には分からなくて、立ち止まった。後方からだと知れる。
 廊下を走るのは原則禁止だが、何をそんなに慌てているのだろうと振り返ると、知っている顔が姿を見せた。内藤君だったので、意外に感じる。ルールは守る人の彼が、廊下を走るなんてよほど急いでいる……でも、今日は塾の日ではなかったはずだけれども?
 なんて考えを巡らせている内に、内藤君は目の前で立ち止まった。
「よかった。間に合った」
 息を切らせて彼が言った。
「用事なら、名前を呼んでくれればいいのに」
「いや、後ろ姿があまりにしょんぼりしているように見えて、普段と違うから、水原さんかどうか自信がなかったんだ」
「……」
 そんな風に見えていたんだ。軽くショックを受ける。逆に表情は笑顔を作ってみせた。
「しょんぼりなんてしてないわよ。ほら」
「いいや。ちょっと前から気になってはいたんだ。用事っていうのも、それと関係してる」
「え?」
「心配事があるのなら、相談に乗るから」
 相手が真剣なのは分かったけれども、そう言えばと思い出したこともあった。
「……昨日、噂を耳にしたわ。内藤君、占いの本を買って勉強したって」
「あ、ああ。知られてるんじゃあ仕方がない。僕みたいな男子が言っても、大して説得力ないだろうと思ってね。占いの結果、いわゆるご託宣? ああいうのなら信じてもらえる可能性が高いと考えたんだ」
「私は占いをしないわけじゃないけれども、当たったとか信じるとかは、全然ないわよ。合理的じゃないもの。だいたい、内藤君だって、その言い種だと信じてないってことになりそう」
「それはそうなんだけど、どうしようもないことにぶつかることってない? そういうときは、最終的には運任せというか、合理的でない物に頼って、道を示してもらうのもありじゃないかなと」
 呼吸は普通に戻った内藤君だけど、汗はまだ滲んでいる。あとからどんどん出て来ているみたい。
「それ、私で試したいとか?」
「うん。気持ち悪い? 僕には水原さんが迷って、悩んでいるみたいに見えたから」
 内藤君はいつもと違うようでいて、やっぱりいつも通りにも見える。私は小さく息を吐いた。
「委員長がそこまで言うのなら、付き合ってみるわ。どうすればいいの? ここでできるのかしら」
「立ったままだとできないから、教室に行こう」
「何人かまだ残ってるいるんじゃない?」
「えーっと、他の人に見られたくないなら、その辺の床に座り込んででもできるけど」
 それはそれでみっともない。いつ誰が通り掛かるか分かったものじゃない。
 結局、教室に行くことにした。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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