第７０話　道具と幕間

「それでも、どうしてもお金の掛かる部分て出て来るんでしょ？　みんなで割り勘、みたいなことになったら、朱美ちゃんなんかは渋るかもね」
「うーん。朱美ちゃんは好きになったことには使うタイプって感じだから」
「いや、私が見るところ、いくら好きなことだとしても、マットみたいな基本的で地味なことには興味がないって気がするなぁ。それこそハンカチの上で充分とか言い出しそう」
　思い描いてみる……本当にありそうだわ。
「できることならカンパみたいなことをせずに済ませたいな。仮にお金を使うとしたら、プロのマジシャンのショーやレクチャーに」
　物凄く高額だけど、とは言わないでも分かるだろうから言わない。
「そういえば、トランプ、持ってきてる？」
「もちろん。見せたいところだけど、サークル活動と関係ない場面で出すと、没収される恐れありだから」
　そうなのだ。前にこのクラスでもマジックをやってみせたけれども、あれは勧誘目的だから特別。コインやトランプを使っているところを見付かっても、見逃してもらえた。
「陽子ちゃんは割と真面目でアニメとかあんまり観ないし、ゲームもあんまりやらないから、キャラクター物のトランプじゃないよね、きっと」
「アニメ、みんなが観すぎなのよ。私だって録画してまで観ないってだけ。ゲームもやるけどはまったり極めたりしようとは思わないかな。あと、持ってきたのは確かに普通の、味も素っ気もないトランプだけど、キャラクター物だって持ってる。使ってよれよれになるのがもったいないから、開封だけして使わないの」
　そこだけ取り出すと、グッズを集めるのが好きってタイプにも思える。でも欲しがるって感じじゃないし……って話がずれてしまった。
「他の誰か一人くらいは、上下の分かる裏模様のトランプ、持ってきてるかな？」
「そりゃいるでしょう。私はサクラがだいぶ前に言ってたのを思い出したというのもあって、普通のにしたけど。で、その言い方だと、上下の分かるトランプも必要みたいに聞こえるんだけど？」
「うん。今日の進め方を考えてる内に、どうして上下の分かるトランプだとあんまりよくないのかを説明したらいいかなって思い付いて。もちろん、実物がなくたって説明可能だけど、あった方が分かり易いでしょ」
「そういう意味ね。理解した」
　シュウさんに電話で言われた奇術の基本的な原理を、今日のクラブ授業でちょっとくらいは話しておこうと思う。

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　同じ頃、同じ五年五組の教室では、言葉に拘りを持つ二人が話し込んでいた。
「ところで水原さん。透明感という言い回しをどう思います？」
　不知火が水原に尋ねた。第三者が見ていたら唐突だなと感じただろうが、二人の間ではこれが普通なのだ。
　水原は口角を上げて、にっ、とする。面白そうな話、受けて立つわって感じ。
「きれいな言葉だと思うけど。不満がありそうだね」
「子供のとき……つまり、今よりも小さく幼かった頃に初めて耳にして、何だこれはと思った表現です。それだけ納得いかない言葉でした」
「納得いかないって？」
「初めて聞いたときの使われ方は、『透明感のある歌声』でした。歌声って、元々見えないじゃありませんか。透明な声っていうのは当たり前のこと。だから最初、『透明感のある歌声』とはほめ言葉ではなくって、普通の歌声だよねと評しているのかと思いました」
「なるほどねー。理屈ではそうなる。むしろ、色の付いた声の方が特長があっていいのかもしれないと」
「はい。そして、初めて聞いてからしばらくして、今度は『透明感のある美人』という表現にぶつかりました」
「えっ。だめ？　いいんじゃないの。色白でさわやか系で大人しい感じの人」
「そこからもう個人の感覚が出ていますよ。少なくとも、“大人しい”は透明感とは無関係のはずです」

　つづく