第226話 見破るまでもなく
文字数 2,046文字
「図だけ見て解いてとは言わない。紹介するだけだから、安心していいわ。あまりにも分かり易かったおかげで、題名も作者名も覚えてないのだけれど、パズルの名前はあとで調べて覚えたわ。通称『消える正方形』」
何だかマジックめいた呼び方に、私も期待感が高まった。
「ああ、それなら知ってる。いくつかパターンがあるよな。大元の図形は四角形、三角形?」
「今言った推理小説では三角形だった。そのパズルの大きな立体模型みたいな物が学校の体育館にあるの。学園祭の出し物の一つだから。そしてひと晩無人だった体育館に翌朝来てみると、死体があった。どこにも隠し場所はないし、持ち込めたはずもないのに――大雑把に言ってこういう謎が出て来るの」
「……確かに分かり易い。消える正方形に隠してたんだろ?」
「当たり」
文章では省いたから、二人の間だけでどんどん会話が進んだように見えただろうけれども、これは分かり易くするため。実際には、相田先生(忘れていたかもしれないけど、教室に先生もいたんだよ)がボードにパズル『消える三角形』を描いてくれていた。ネットで検索すればすぐに見付かると思うけれど、言葉で簡単に説明すると……大小二つの直角三角形と、同じ大きさの正方形を並べて作った椅子型二種類のパネルがあって、それら四つのパネルを平面に並べると、一つの大きな直角三角形になるんだけれども、並べ方をちょっと変えると、正方形一升分がぽっかり抜け落ちたみたいになる……というパズル。うーん、やっぱり図を見た方が早いに決まっているよね。古くからあるかなり有名な問題みたいだから、ネットで調べればすぐに出て来ると思う。私は何年生のときだったかは忘れたけれど算数の授業で、こぼれ話みたいな感じで教えてもらった覚えがあるような。だからこそ相田先生も知っていて、すらすら描くことができたんだと思うわ。
「見た覚えあるけれども、何度見ても不思議だねえって感じる。ていうか、一升消えるマジックって凄く損をした気分にさせられる」
朱美ちゃんが、らしい感想をこぼした。
「どうせやるなら、一升増えるマジックにすればいいのに」
「なるほどな。逆の順番にやれば増えたように見えるだろうけど――」
森君が考えながら答える。
「ぱっと見て、格好よくないよな。三角形の真ん中辺りに四角い穴がぽっかり空いていて、それがちょっと並び替えると穴が埋まるというのは、何て言うかインパクトが弱いんじゃないか」
「一升消えるのならインパクトがあるって?」
「と思うぜ。図をぱっと見ただけで、一目でどこがどう変わったのかが分かるっていうのは大事だろ」
森君の意見に内心、分かるー、と呟いていた。マジックの見せ方も同じだわと感じたから。どういった現象が起きて、どこが不思議なのか、一目瞭然である方がいい。
と、そんなことを考えていたらチャイムが鳴った。今回はちょっと取り散らかった内容になってしまったかもしれ
ない。でもまあ、みんなの様子を窺うとそれなりに楽しんでいたみたいだし、これでいいのだ。
次回、シュウさんが来てくれるときは、またマジック尽くしになるのは間違いないし、バランスを取っていこうと思った。
* *
秀明はその日もまた市のカルチャーセンターに出向き、他のマジシャンの卵数名とともに、師匠に当たる中島龍毅のレクチャーを受けていた。
教わるのは技術的なことのみならず、話術や見せ方、演じる順番の論理性や重要性などもある。たとえばいくつかカードマジックを演じるとして、その順番によってやりやすさが増すパターンがある。Aというマジックでカードの山のボトムを裏返しにした状態で終わったら、次に持って来る演目はボトムが裏向きであることを活かしたBというマジックがやりやすいという風に。あるいは、直前のマジックでカードを赤と黒に分けて終わったとしたら、次の演目のための仕込みとして、カードの山の上の方は赤ばかり、下は黒ばかりになるように重ねるといった予備動作も含まれる。無論、観客には気付かれないように話し掛けながら何気なくカードを集める必要がある。
「――今日はこれくらいにしておこう」
師匠の中島がいつもより早めに切り上げたので、秀明に限らず、弟子達は「え?」となった。とはいえまずは礼をする。
「ありがとうございました。あの、中島先生。このあと何かご用でもあるのですか」
「いや。早く終わったから不思議に感じたんだろうけれど、用事があるってわけじゃない。面白い子がいたから、君らに会わせてみようと思ってね。今日、来てもらうことになってるんだ」
「面白い子?」
師匠の言葉を思わず繰り返した秀明。
(子というからにはだいぶ若いのかな? あ、でも、中島先生は女性を子と言い表すときがたまにあるし)
想像を巡らせる秀明の前で、中島は「もう着いている頃合いのはずなんだが」と言いながら、部屋の前の扉を開けて廊下の左右を見やる。
「おお、来てる。こっちだよ」
つづく
何だかマジックめいた呼び方に、私も期待感が高まった。
「ああ、それなら知ってる。いくつかパターンがあるよな。大元の図形は四角形、三角形?」
「今言った推理小説では三角形だった。そのパズルの大きな立体模型みたいな物が学校の体育館にあるの。学園祭の出し物の一つだから。そしてひと晩無人だった体育館に翌朝来てみると、死体があった。どこにも隠し場所はないし、持ち込めたはずもないのに――大雑把に言ってこういう謎が出て来るの」
「……確かに分かり易い。消える正方形に隠してたんだろ?」
「当たり」
文章では省いたから、二人の間だけでどんどん会話が進んだように見えただろうけれども、これは分かり易くするため。実際には、相田先生(忘れていたかもしれないけど、教室に先生もいたんだよ)がボードにパズル『消える三角形』を描いてくれていた。ネットで検索すればすぐに見付かると思うけれど、言葉で簡単に説明すると……大小二つの直角三角形と、同じ大きさの正方形を並べて作った椅子型二種類のパネルがあって、それら四つのパネルを平面に並べると、一つの大きな直角三角形になるんだけれども、並べ方をちょっと変えると、正方形一升分がぽっかり抜け落ちたみたいになる……というパズル。うーん、やっぱり図を見た方が早いに決まっているよね。古くからあるかなり有名な問題みたいだから、ネットで調べればすぐに出て来ると思う。私は何年生のときだったかは忘れたけれど算数の授業で、こぼれ話みたいな感じで教えてもらった覚えがあるような。だからこそ相田先生も知っていて、すらすら描くことができたんだと思うわ。
「見た覚えあるけれども、何度見ても不思議だねえって感じる。ていうか、一升消えるマジックって凄く損をした気分にさせられる」
朱美ちゃんが、らしい感想をこぼした。
「どうせやるなら、一升増えるマジックにすればいいのに」
「なるほどな。逆の順番にやれば増えたように見えるだろうけど――」
森君が考えながら答える。
「ぱっと見て、格好よくないよな。三角形の真ん中辺りに四角い穴がぽっかり空いていて、それがちょっと並び替えると穴が埋まるというのは、何て言うかインパクトが弱いんじゃないか」
「一升消えるのならインパクトがあるって?」
「と思うぜ。図をぱっと見ただけで、一目でどこがどう変わったのかが分かるっていうのは大事だろ」
森君の意見に内心、分かるー、と呟いていた。マジックの見せ方も同じだわと感じたから。どういった現象が起きて、どこが不思議なのか、一目瞭然である方がいい。
と、そんなことを考えていたらチャイムが鳴った。今回はちょっと取り散らかった内容になってしまったかもしれ
ない。でもまあ、みんなの様子を窺うとそれなりに楽しんでいたみたいだし、これでいいのだ。
次回、シュウさんが来てくれるときは、またマジック尽くしになるのは間違いないし、バランスを取っていこうと思った。
* *
秀明はその日もまた市のカルチャーセンターに出向き、他のマジシャンの卵数名とともに、師匠に当たる中島龍毅のレクチャーを受けていた。
教わるのは技術的なことのみならず、話術や見せ方、演じる順番の論理性や重要性などもある。たとえばいくつかカードマジックを演じるとして、その順番によってやりやすさが増すパターンがある。Aというマジックでカードの山のボトムを裏返しにした状態で終わったら、次に持って来る演目はボトムが裏向きであることを活かしたBというマジックがやりやすいという風に。あるいは、直前のマジックでカードを赤と黒に分けて終わったとしたら、次の演目のための仕込みとして、カードの山の上の方は赤ばかり、下は黒ばかりになるように重ねるといった予備動作も含まれる。無論、観客には気付かれないように話し掛けながら何気なくカードを集める必要がある。
「――今日はこれくらいにしておこう」
師匠の中島がいつもより早めに切り上げたので、秀明に限らず、弟子達は「え?」となった。とはいえまずは礼をする。
「ありがとうございました。あの、中島先生。このあと何かご用でもあるのですか」
「いや。早く終わったから不思議に感じたんだろうけれど、用事があるってわけじゃない。面白い子がいたから、君らに会わせてみようと思ってね。今日、来てもらうことになってるんだ」
「面白い子?」
師匠の言葉を思わず繰り返した秀明。
(子というからにはだいぶ若いのかな? あ、でも、中島先生は女性を子と言い表すときがたまにあるし)
想像を巡らせる秀明の前で、中島は「もう着いている頃合いのはずなんだが」と言いながら、部屋の前の扉を開けて廊下の左右を見やる。
「おお、来てる。こっちだよ」
つづく