第32話 “におうから犯人”が正しい場合

文字数 2,333文字

「はい、プロの方のお部屋の近くで、それだけでも光栄だけど、身震いしてしまうというか」
 鍵を使って開けようとする関川。秀明は急ぎ気味にストップを掛けた。
「開ける前に確認です。カップ&ボールの紛失に気付いて、三人ぐらいの人と一緒に窓の施錠を確認したあと、ドアには鍵を掛けていたんですよね」
「そうなります」
 現場は保存されていた、と。秀明は満足して首肯すると、今度は「鍵を貸してください」と求めた。
「僕の手で開けたいんです」
「え、ええ。いいですよ」
「どうも。それから関川さんと瀬戸内産にお願いです。僕が開けたあと、すぐに部屋に入ってください。僕は最後尾で中に入って、ドアを閉めます」
「どういうことですか」
 瀬戸内が怪訝そうに聞き返してきた。初対面である高校生が妙なことを言い出したぞと、心配する空気を醸し出している。
 秀明は両手を拝み合わせ、頭を下げた。
「もう一つ、確かめたいことがあるんです。それは入った瞬間が最も大事なので、今言った段取りでお願いします」
「しょうがないわね。中島師のお墨付きがあるから、信用してるけど」
 瀬戸内は割とはっきりものをいうタイプのようだ。見た目は少し背を丸め、頭髪に白い物が半分以上を占める品のよさそうな女性である。多分、マジックのことになると目の色を変えるんじゃないかと秀明は勝手に想像した。
「ありがとうございます。では」
 鍵を使ってロックを解除。ドアノブを回して、開ける準備を整えた。
「それじゃ1、2の3の3で開けますから、中に駆け込んでください。順番は関川さん、瀬戸内さんでいいでしょう。――1、2の3!」
 女性二人は秀明が頼んだ通りに、控室に入ってくれた。秀明自身も瀬戸内に続いて中に入り、素早くドアを閉めた。
「どうですか」
 改めて室内へ向き直り、二人に問う。
 が、関川も瀬戸内も、質問の意図を汲みかねるといった風に首を傾げ、互いに目を見合わせた。
「ああ、僕が言いたいのは匂いなんですが」
「匂いって、確かにふんわりと匂うけど」
 瀬戸内の方がはっきり分かる仕種で、鼻をくんくん鳴らした。
「これ、あれでしょ? 外でやっている屋台の……焼き鳥とかイカ焼きなんかの匂いが、ここまで来ている」
「はい、そうだと思います。でも」
 秀明は関川へ焦点を合わせた。
「不思議です。関川さんは窓を閉めていたはず」
「え?」
「さっき言ってましたから。クレッセント錠も掛かったままだったんですよね? ドアは開け閉めしたものの、鍵を掛けて閉め切ったんだから、大して影響はない。廊下から流れ込む匂いが大した物じゃないことは、先程いた中島先生の部屋の状態で分かります」
「……何を仰りたいんでしょう?」
 関川の顔色がまた悪くなってきたようだった。
「済みません、関川さん。あなたの話を聞いてすぐに思ったのは、二通りの仮説が有力だなということです。一つは、雷と稲妻の二人が嘘を言っていて、実は彼ら?彼女ら?が、カップ&ボールを盗んだ。もう一つは、関川さんの話自体が嘘で、カップ&ボールが消えたのは自作自演の結果だった」
「そ、その二つ目の仮説が真相だと? どうしてそうなるんですか。雷と稲妻の方を疑わずに、どうして私なんですかっ」
「落ち着いてください。まず、あなたを先に疑ったのは、お話におかしなものを感じたからです。今日はこの季節にしては暑いですよね。なのに、窓を閉め切っていたという。クーラーのない部屋で。もちろん、着替えの段階では閉めて施錠しておく必要はあるでしょう。それに我慢強い方なら、閉め切ったままでも平気かもしれない。ただ、緊張で喉が渇くであろう状況なのに、無理をして暑さを我慢するというのはちょっと考えにくい」
「……」
「それで、ちゃんと確かめようと思ったんです。窓を閉め切っていたという話がもし真実なら、屋外のイベントでやっている屋台の料理の匂いがこの部屋ですることはないはず。しかし、実際は今体験した通りでした」
「一体何がどうなっているの?」
 沈黙する関川に代わるかのように、瀬戸内が口を開く。
「匂いがしたってことは、窓が開いていたことになるのかしら? 彼女は、何のために閉まっていたなんていう嘘を」
「想像に過ぎませんが、関川さんが窓を開けておいた理由は何となく、当たりを付けています。あなたは部屋に鍵を掛けたあと、洗面所に行ったのではなく、二階に行ったんじゃないですか?」
「どうしてそれを」
 初めて、認める発言を関川がしてくれた。秀明は内心、助かったと大いに感謝した。もし粘られたら場の空気が悪くなるし、精神的にもきつい。一度放った矢を引き返させることはできないと分かっている。
「この建物は控室のある側がちょっとした階段状になっていて、二階の部屋よりも一階の部屋の方が若干突き出ている。だから、二階の窓からかぎ爪の付いた紐でも垂らせば、一階の窓辺に置いた物を吊り上げられる可能性がある。そのためには窓を開けておく必要があった」
「吊り上げたって、まさかカップ&ボールの道具を?」
「はい。自作自演と言いました」
「ちょ、ちょっと待ちなさいな、えっと高校生さん」
「佐倉秀明と言います」
「じゃ、佐倉君。二階から一階に届くような長い紐を、前もって準備しておいたというのかしら?」
「いえ、恐らくは、初歩的なマジック用のロープをつなぎ合わせたんじゃないかと思います。磁石の力を利してつないでいくことで、長さの調整ができますからね。あ、先端も磁石が剥き出しになるようにして、カップ&ボールにも鉄か磁石を仕込んでおけば、フックなしでも吊り上げられるかもしれません」

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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