第253話 苦もなくやってのけましょう

文字数 2,121文字

 アピールしたことがきっかけではあるものの、抜け駆けした形になっているのか。ひょっとしたら一年生部員の間の空気はギスギスしているのかもしれないな。秀明はそんな想像をして、先行きに不安を覚えると共にちょっと憂鬱になった。まあ、今の時点では想像に過ぎない。
「ひょっとして梧桐さん、いわゆる肉食系?」
「――唐突だこと。マジシャンだから人を驚かせたいのかしらね」
 相手の反応を見て、はぐらかされるなと思った秀明だったが、梧桐は続けて答えた。
「それは恋愛に限ってのこと? そもそも私と恋バナしたいの?」
「いや、絶対にしたというわけじゃない。恋愛に限らず、性格全般について聞いたつもり」
「答えてもいいわ。その前に、どういう狙いがあって聞いてるのかを教えてくれたら」
「どんなマジックが向いているか、性格はそこそこ大事だからさ。先に言ってしまうと、『私が私が!』って前に出たがるタイプは、マジックを演じるのにあまり向いてないと思う」
「ええ? 分かんないなあ。どうしてよ。マジシャンて、目立つこと大好きってイメージあるんだけれど」
「うん、目立ちたいっていう思いは多かれ少なかれ持っている。だけど、それはマジックをしているその時間だけのことであって、それ以外はなるべく目立たない。大人しくしているのがいいんだ」
「うーん、意味がまだ分からないわ」
 考え始めたせいか、今度は梧桐の手が止まった。秀明が「おや。手を動かさなくていいんですか」と笑いをかみ殺しながら指摘すると、梧桐は黙ってゴミを掴んだ。そうしてやや荒っぽい手つきで集めたゴミを、袋に押し込む。
「――だめだわ、考えても分からない。説明してよ」
「いいよ。簡単に言うと、前に出たがる人が『これからマジックやります!』と宣言してマジックを始めたら、どう感じる?」
「感じる? えっと、そうね、どんなマジックをやるのかお手並み拝見、かしら。ああ、それと、こんなに自信満々なんだからしっかり準備してきたんでしょうねって思うわ、きっと」
「うん、いい答だ。準備していると思われるのって、マジシャンにとってマイナスなんだよね」
「でもマジックショーでは、マジシャンが準備しているのは当たり前じゃないの」
 疑問を口にした梧桐は、上目遣いになって考える様子を見せた。その際の癖なのか、顎先に右手人差し指を当て……かけて、やめた。現在、掃除中で指が汚れていると思い出したようだ。
「ショーではね。僕が思い描いている状況は、日常の延長でマジックを演じる場面。マジックをやっていると知られたら、相手から『何かやってみせて』と言われることがしょっちゅうある。そんなときに準備してないからできません、なんて言うマジシャンはいない。困った顔をして、『急に言われても大したことはできませんが』とできれば逃げたそうにして、それでも頼まれたら仕方ない風に始める」
「うーん? まさか、マジックをする予定がないときも、頼まれたらいつでもできるように準備してるの?」
「勘がいい、ご名答です」
 賞賛したつもりだったが、秀明の意に反して、梧桐は喜ばなかった。ますます疑問が湧いたようだ。
「……準備と言っても、マジック用のトランプを持ち歩いている、といった程度でしょ」
「何を準備するかは人それぞれ。だけど、マジシャンがトランプを取り出したら、それだけで怪しまれるだろうね。準備していたことを悟られちゃ意味がない」
「そこまで言うからには、佐倉君も何かしら準備しているはずよね。今ここで、やってみせて」
「参ったな」
 後頭部に手をやるポーズを取る秀明。もちろん秀明の手も多少汚れているため、実際には触れない。何をやるかを決めるまでの時間稼ぎだ。
「そうやって困り顔をするって、さっき言ったわよね」
「確かに。うう、やりにくいな。――じゃあ、この手だと見栄えしないし、汚れているとミスをする可能性が高い。だから洗いに行こう。ゴミ捨てのついでってことにして」
「……いいわ」
 何でこんなに警戒されるんだろう、と苦笑をして梧桐の視線を受け止める。そのまま二人して、まずは集めたゴミを校内の集積場所に捨てに行った。そこからグランドの片隅にある水飲み場へ向かう。
「梧桐さんも洗って」
 土汚れをざっと流し、ハンカチで拭きながら梧桐を促す。相手は首を左右にした。
「私はいいわ。まだ掃除が終わってない」
「いや、手伝って欲しいんだ。具体的には、文字通り手を借りるから、きれいにしてもらわないと」
「……分かった」
 梧桐が水道に向かい、ちょっと屈んで手を洗い始める。その間に秀明は準備していた物の一つを取り出した。
「ぐずぐずしていたら先生に睨まれるわ。早くしてね」
 振り返った彼女に、秀明は「生徒手帳、持ってる?」と聞いた。
「それとペンも。僕のを使うと怪しむだろうから、梧桐さんのを使いたいんだ」
「いいわ、あるわよ。どうすればいいの」
「一枚破って、そこにクモの絵を描いて欲しい。簡単な、幼稚園児が描くようなのでいい」
 秀明の要求に梧桐は黙って応じた。白紙のページを破り取ると、赤いボディのシャープペンシルですらすらと描いた。
「これでいい?」
「あ。クラウドじゃなくて、スパイダーの方なんだ」

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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