第68話 プレゼント
文字数 1,747文字
家に帰ってから、シュウさんに電話をするのって何時ぐらいがいいかなと迷っていたら、八時を過ぎてしまった。夕食が終わって間もない頃だろうから、すぐに試験勉強ってことはないと思うんだけど、気になる。かといってメールだと、今夜の内に読まれないかもしれないし。
「――もしもし、シュウさん? 佐倉です」
「はい。何かあった?」
「あの、マジックサークルのことなんだけど、時間はいい?」
「うん、少しだけなら」
「シュウさん、六月中には来られそうなんだよね?」
「その予定でいるよ。え、まさか何か問題が起きたとでも」
「全然、違うよ。大歓迎よ。ただ、シュウさんが来るまでに私達がしておくべきことって、何かあるのかなと思って」
「そういうことか。もちろん、基本的なテクニックが使えるようになってくれていれば、願ったり叶ったりだけど、もう一ヶ月もないだろうからねえ。初回は簡単な、誰にでもできるような簡単な演目を二つぐらいと、あと、奇術の原理の話をしようかと考えていた。もし萌莉が一人でできるのなら、奇術の基本的な原理を解説していてくれていいよ。あ、ひょっとしたらすでに済ませちゃったかな」
「ううん、まだまだ。今のところ、比較的やりやすい、仕掛けなしでできる手品の種明かしっていうか解説っていうか、そんなことを中心にやってる」
「だったら……好きなマジックはどんな物かのアンケートを採っておいて。参考にするから。技術的なことは、そうだね、僕の場合カードマジックが多くなるだろうから、みんな自分のカードを持ってきて、慣れるようにしておいてほしいな。手にカードを馴染ませるのが大事だからね。シャッフルで慣れてきたら、スプレッド、そしてターンオーバー辺りならできるようになると思う」
「分かったわ」
「カードはどうしよう。お家にある物でいいって言ったら、あんまりマジックにふさわしくないのも持って来ちゃいそう」
「それに慣れたあと、改めてバイシクルで練習するなんてのは、二度手間か……。実は、師匠から入学祝いって訳でもないんだけれど、よかったら奇術サークルのみんなで使いなさいって、カードを十二組、いただいたんだ」
「え、すごい。嬉しい」
「僕が出向く初日に持って行って、プチサプライズを演出しようと思ってたんだけど、考えてみれば少しでも早く渡した方がいいな」
ちょっとだけ間が空いた。
「さすがに今からじゃ遅いから、明日の朝、何とかして渡そうか」
「そんな、いいよいいよ。テストに集中してください」
電話の向こう、お互い見える状態じゃないけれども、思わず手を振った。
「だけど」
「いいのっ。落第点を取って、教えに来てもらえなくなる方がよっぽど嫌だからね」
「はは、分かった。では勉強に戻るとするかな。そうそう、多分月末の日曜ぐらいにそっちに行けるから、よかったらマジックサークルの打ち合わせしとこうか」
「あ、それいい。最初が肝心だし、やっておきたい」
「じゃ、そういうことで。決まったらまた連絡する」
電話を終えた直後、その場で軽くジャンプしてしまった。嬉しいことが一度に決まって、浮き立っている。ああ、感激ばかりしてないで、忘れないようメモを取っておかなくちゃ。スプレッドとターンオーバーなら私はもうできるから、人に教えることもできる、多分。
ただ、肝心なことに気が付きもした。私達小学生にはまだ贅沢でもあるから持ってないんだけれど、トランプを扱うときって、下に敷くマットがかなり重要なんだよね。学校の机でやったら、カードがすーって滑って飛び出して行っちゃう。カードの材質によっては、一度机に伏せたら摘まめなくなって、扱いづらいったらないし。
シュウさんに今からまた電話するのは気が引ける。打ち合わせするときに、相談してみようかな。
それまでの間、学校でやるときは……座布団の上とかで代わりになるかしら? 家で練習するときは、たいてい座布団だもんね。クッションだとふわふわすぎて。
あっ、防災ずきんで何とかなる? 学校の教室で椅子に結んであって、地震や火事なんかが起きたときには頭から被るあれのこと。あれを持って、一年四組の教室まで廊下をみんなで移動するのは目立ちそうだけど。
つづく
「――もしもし、シュウさん? 佐倉です」
「はい。何かあった?」
「あの、マジックサークルのことなんだけど、時間はいい?」
「うん、少しだけなら」
「シュウさん、六月中には来られそうなんだよね?」
「その予定でいるよ。え、まさか何か問題が起きたとでも」
「全然、違うよ。大歓迎よ。ただ、シュウさんが来るまでに私達がしておくべきことって、何かあるのかなと思って」
「そういうことか。もちろん、基本的なテクニックが使えるようになってくれていれば、願ったり叶ったりだけど、もう一ヶ月もないだろうからねえ。初回は簡単な、誰にでもできるような簡単な演目を二つぐらいと、あと、奇術の原理の話をしようかと考えていた。もし萌莉が一人でできるのなら、奇術の基本的な原理を解説していてくれていいよ。あ、ひょっとしたらすでに済ませちゃったかな」
「ううん、まだまだ。今のところ、比較的やりやすい、仕掛けなしでできる手品の種明かしっていうか解説っていうか、そんなことを中心にやってる」
「だったら……好きなマジックはどんな物かのアンケートを採っておいて。参考にするから。技術的なことは、そうだね、僕の場合カードマジックが多くなるだろうから、みんな自分のカードを持ってきて、慣れるようにしておいてほしいな。手にカードを馴染ませるのが大事だからね。シャッフルで慣れてきたら、スプレッド、そしてターンオーバー辺りならできるようになると思う」
「分かったわ」
「カードはどうしよう。お家にある物でいいって言ったら、あんまりマジックにふさわしくないのも持って来ちゃいそう」
「それに慣れたあと、改めてバイシクルで練習するなんてのは、二度手間か……。実は、師匠から入学祝いって訳でもないんだけれど、よかったら奇術サークルのみんなで使いなさいって、カードを十二組、いただいたんだ」
「え、すごい。嬉しい」
「僕が出向く初日に持って行って、プチサプライズを演出しようと思ってたんだけど、考えてみれば少しでも早く渡した方がいいな」
ちょっとだけ間が空いた。
「さすがに今からじゃ遅いから、明日の朝、何とかして渡そうか」
「そんな、いいよいいよ。テストに集中してください」
電話の向こう、お互い見える状態じゃないけれども、思わず手を振った。
「だけど」
「いいのっ。落第点を取って、教えに来てもらえなくなる方がよっぽど嫌だからね」
「はは、分かった。では勉強に戻るとするかな。そうそう、多分月末の日曜ぐらいにそっちに行けるから、よかったらマジックサークルの打ち合わせしとこうか」
「あ、それいい。最初が肝心だし、やっておきたい」
「じゃ、そういうことで。決まったらまた連絡する」
電話を終えた直後、その場で軽くジャンプしてしまった。嬉しいことが一度に決まって、浮き立っている。ああ、感激ばかりしてないで、忘れないようメモを取っておかなくちゃ。スプレッドとターンオーバーなら私はもうできるから、人に教えることもできる、多分。
ただ、肝心なことに気が付きもした。私達小学生にはまだ贅沢でもあるから持ってないんだけれど、トランプを扱うときって、下に敷くマットがかなり重要なんだよね。学校の机でやったら、カードがすーって滑って飛び出して行っちゃう。カードの材質によっては、一度机に伏せたら摘まめなくなって、扱いづらいったらないし。
シュウさんに今からまた電話するのは気が引ける。打ち合わせするときに、相談してみようかな。
それまでの間、学校でやるときは……座布団の上とかで代わりになるかしら? 家で練習するときは、たいてい座布団だもんね。クッションだとふわふわすぎて。
あっ、防災ずきんで何とかなる? 学校の教室で椅子に結んであって、地震や火事なんかが起きたときには頭から被るあれのこと。あれを持って、一年四組の教室まで廊下をみんなで移動するのは目立ちそうだけど。
つづく