第81話 意外な顔
文字数 1,527文字
「そういう話を聞くとは思ってなかった」
水原さんが苦笑いを浮かべている。推理小説を自分で書くぐらいだから、こういう話なんて別に平気なんじゃないのかな?
そう感じて聞いてみると、「もちろん平気」との返事。
「話を聞いて、思い出した推理小説があってね。ハンシューっていう作家の『ライオンの微笑』」
「半周?」
絶対に違うと思いながらも、“ハンシュー”に漢字を当てはめてしまった。
「そうそう。で、ハンシューのお兄さんがゼンシューで、彼らの著作を全部集めたのがゼンシューハンシュー全集――って、なんでやねん」
のりつっこみされた!
どう対応したらいいのと不知火さんの方を見ると、口元に手を当てくすくす笑ってる。
「水原さん、隠していた趣味をいきなり全開にすると、戸惑われますよ」
「――そうみたいだね」
はあ、と息を大きくつく水原さん。
「私はこう見えて、お笑いが結構好きなの。ジャンルで言えば一番は落語が好き」
「何て言うか、ほんと、意外。でもお笑いなら特に落語っていうのは、何となく分かる気がする」
だいぶ前に、朱美ちゃんが漫才やコントが好きだというのを聞いて、そんな雰囲気だなあと直感的に納得したけれども、水原さんが落語好きというのはちょっと違う。考えてみて、ああ、と膝を打つ感じ。
「でしょ? 私としては意外でも何でもないのに、なかなか分かってくれない」
横合いから不知火さんが「私もすぐに分かりましたよ」と言い足す。
「『死神』のサスペンスフルな展開と、ブラックで洒落の効いたさげは、いわゆる変格物の推理小説に通じるところがあります。『ときうどん』もしくは『ときそば』、『壺算』辺りは詐欺ミステリですしね」
「そうそう」
二人の世界に入ってしまいそうだ。私も少しくらい落語を聴いてみようかな。でも今はついて行けないので、話を戻そう。
「そ、それで、『ライオンの微笑』というのは?」
「サーカスの公演で、ライオンの大きく開けた口に、団員が頭を入れてみせるというのをやっていて、一度も失敗したことがなかったのに、あるときいきなりライオンが口を閉じてしまって、団員は頭を噛み砕かれた」
「うわ……」
「不幸な事故と思われる一方で、ライオンは口を閉じる直前、笑う表情を見せたという証言が出て来て……という話。さっき聞いたホワイトタイガーの件とは全然違うんだけれど、イメージがね。ちなみに小説の方は、トリックがあるわ」
「ゲーム作品で応用されているようなので、有名かと思ったのですが、知りませんか」
不知火さんがどこか心配げに聞いてきた。
「私がやるゲームって、カードかオセロか双六ぐらいだから」
「それはうらやましい」
「え?」
「トリックを知らないということは、これから『ライオンの微笑』を読んだとして、存分に味わえます」
「何だかいっぺんに宿題を出された気分だよぉ」
「私は別に、無理強いしてはいませんよ」
「そうだよ」
今度は水原さんが言葉をつなげる。
「ただ、消失や透明に関係するマジックでできる物があるんだったら、見せてほしいなって言うリクエストを伝えるつもりだったんだけど、いつの間にか話が変な方向に」
その原因の一つは、水原さんののりつっこみにあると思う……。
「とりあえず、リクエストの方は考えとくね。私でもできそうなのってほとんどないし、道具頼みになっちゃうのがあるから種明かしもしづらいな。系統的に教える形にはならないと思うけど、それでもいいのなら、次のクラブ活動かクラブ授業のときに」
私が予防線を張りつつそう言うと、不知火さんも水原さんも表情を明るくして、「全然かまいません」と返してくれた。
つづく
水原さんが苦笑いを浮かべている。推理小説を自分で書くぐらいだから、こういう話なんて別に平気なんじゃないのかな?
そう感じて聞いてみると、「もちろん平気」との返事。
「話を聞いて、思い出した推理小説があってね。ハンシューっていう作家の『ライオンの微笑』」
「半周?」
絶対に違うと思いながらも、“ハンシュー”に漢字を当てはめてしまった。
「そうそう。で、ハンシューのお兄さんがゼンシューで、彼らの著作を全部集めたのがゼンシューハンシュー全集――って、なんでやねん」
のりつっこみされた!
どう対応したらいいのと不知火さんの方を見ると、口元に手を当てくすくす笑ってる。
「水原さん、隠していた趣味をいきなり全開にすると、戸惑われますよ」
「――そうみたいだね」
はあ、と息を大きくつく水原さん。
「私はこう見えて、お笑いが結構好きなの。ジャンルで言えば一番は落語が好き」
「何て言うか、ほんと、意外。でもお笑いなら特に落語っていうのは、何となく分かる気がする」
だいぶ前に、朱美ちゃんが漫才やコントが好きだというのを聞いて、そんな雰囲気だなあと直感的に納得したけれども、水原さんが落語好きというのはちょっと違う。考えてみて、ああ、と膝を打つ感じ。
「でしょ? 私としては意外でも何でもないのに、なかなか分かってくれない」
横合いから不知火さんが「私もすぐに分かりましたよ」と言い足す。
「『死神』のサスペンスフルな展開と、ブラックで洒落の効いたさげは、いわゆる変格物の推理小説に通じるところがあります。『ときうどん』もしくは『ときそば』、『壺算』辺りは詐欺ミステリですしね」
「そうそう」
二人の世界に入ってしまいそうだ。私も少しくらい落語を聴いてみようかな。でも今はついて行けないので、話を戻そう。
「そ、それで、『ライオンの微笑』というのは?」
「サーカスの公演で、ライオンの大きく開けた口に、団員が頭を入れてみせるというのをやっていて、一度も失敗したことがなかったのに、あるときいきなりライオンが口を閉じてしまって、団員は頭を噛み砕かれた」
「うわ……」
「不幸な事故と思われる一方で、ライオンは口を閉じる直前、笑う表情を見せたという証言が出て来て……という話。さっき聞いたホワイトタイガーの件とは全然違うんだけれど、イメージがね。ちなみに小説の方は、トリックがあるわ」
「ゲーム作品で応用されているようなので、有名かと思ったのですが、知りませんか」
不知火さんがどこか心配げに聞いてきた。
「私がやるゲームって、カードかオセロか双六ぐらいだから」
「それはうらやましい」
「え?」
「トリックを知らないということは、これから『ライオンの微笑』を読んだとして、存分に味わえます」
「何だかいっぺんに宿題を出された気分だよぉ」
「私は別に、無理強いしてはいませんよ」
「そうだよ」
今度は水原さんが言葉をつなげる。
「ただ、消失や透明に関係するマジックでできる物があるんだったら、見せてほしいなって言うリクエストを伝えるつもりだったんだけど、いつの間にか話が変な方向に」
その原因の一つは、水原さんののりつっこみにあると思う……。
「とりあえず、リクエストの方は考えとくね。私でもできそうなのってほとんどないし、道具頼みになっちゃうのがあるから種明かしもしづらいな。系統的に教える形にはならないと思うけど、それでもいいのなら、次のクラブ活動かクラブ授業のときに」
私が予防線を張りつつそう言うと、不知火さんも水原さんも表情を明るくして、「全然かまいません」と返してくれた。
つづく