第236話 じっくり見せたい、なので

文字数 2,219文字

「だったら早く声を掛けた方がいいんじゃないかな。ちらほら聞こえて来たんだけれども、クラブ活動に誘っている子がすでに何人もいるみたいだったわ」
「えっ、そうなんだ? 入りそうな様子、あった?」
「そこまではまだ。いきなり決められるものじゃないでしょうし」
「だったら」
 慌てなくてもいいかなと、安堵する私。
「一応、マジックを見せるという約束はしてあると聞いてるんだから。あとで話をするチャンスはきっとある、うん」
 マジックのことでなら引っ込み思案も人見知りも後ろに引っ込むけれども、正直言ってあの輪をかき分けていく勇気はない。
「そんなのんきに構えていますと、よそのクラブにかっさわられかねません」
 私に元通り前を向かせ、背中を押してくる不知火さん。いつになくっていうかいつも以上に強引だ。
「ちょ、ちょっとタイム! 今、突撃したって時間がないよっ」
「時間……ああ、そうですね。もう三分残っているかどうか」
 壁に掛かる時計を眺めやり、不知火さんは手から力を抜いた。おかげで私は後ろに転びそうになる。
「わっ」
「危ない!」
 不知火さんと水原さんとで両脇を抱えてくれて、どうにか尻餅をつくのは避けられた。
「ごめんなさい。私の不注意です。手や指を痛めませんでしたか?」
「え? ああ、うん、大丈夫」
 私が目の前で両手をグーパーグーパーしてみせると、不知火さんは小さく息をついた。
「よかった。もしも怪我をされて、マジックができないなんてことになったら、お詫びのしようがありませんでした」
「ほんとだよ。不知火さん、珍しく不注意だったね」
 水原さんが不思議そうに指摘する。と、不知火さんは「初めてのこと、珍しいことには目がないものですから」とやや恥ずかしそうに応じた。
「曲がりなりにも芸能人として活躍経験のある人と知り合って、話が聞ける機会なんて簡単には巡ってこないでしょう?」
「確かにそうだろうけど。もしかして、折木涼花のファンだったとか?」
 水原さんの推測を不知火さんは首を横に振って否定。
「あくまでも珍しい話を聞きたいのが一番です」
「だったら、みんなと一緒になって囲めばよかったのに」
「そこはそれ。奇術サークルの一員として、一緒に動いた方がよいかなと思いまして。次の大休の時間が勝負になります、佐倉さん」
 二時間目の直後の休み時間は二十分ある。それだけあれば、七尾さんに少なくとも二つはマジックを披露できるだろう。二十分を丸々使えれば、だけどね。
「落ち着いた雰囲気でやりたいな。その方が失敗する確率、小さいはずだし」
「それだったら、お昼休みか、いっそ放課後に……それまでによそのクラブに取られないよう、見張ることにしましょうか」
 不知火さんが大真面目に言った。いつもは真面目な顔をしてジョークを口にすることもある人だけど、今回は本心から七尾さんを奇術サークルに入れたがっているように見える。
「不知火さんて、案外ミーハー?」
 水原さんが、私の思ったことを言ってくれた。
「その自覚はありません。先ほども言いましたように、珍しい話が聞きたいんです」
「芸能界の裏話をあの子が知っていたとして、全部包み隠さず話してくれるとは思えないけどなー」
「過剰な期待はいたしません、はい。――それよりも佐倉さん。マジシャンという方々は世情に疎いのが当たり前なんでしょうか」
「ええっ?」
 いきなり質問の矛先がこちらに向けられた。
「話を聞いた限りでは、シュウさん師匠は七尾さんを見て、折木涼花だとは気付かなかったことになります」
「ああ、言われてみればそうだね」
 確かに一理ある。疎いと言われてもやむを得ない。けど、超有名人ていうわけじゃなく一部の世代に知られている子役さんなんだから、シュウさん達が知らなくても仕方がない気もする。七尾さんを連れて来たっていうシュウさんのお師匠さんまで知らなかったのは、ちょっと考えものだけど……。でもでも、中島さんて茶目っ気のある人みたいだから、敢えて伏せていたのかな? その辺りは分からないけど。
「今夜にでも電話して、シュウさんに教えとく。びっくりするよ、きっと」
「ぜひそうしてください。そのときの反応も興味があります」
 何でも関心持つのね、不知火さんてば。
 それはさておき、お昼休みまでに七尾さんへのコンタクトを取らなくちゃいけない。私達三人は少し考え、メモを渡すことに決めた。
「渡す役は森君に頼みましょう」
 不知火さんの提案。何で?と理由を問うと、
「転校初日に男子から意味ありげなメモを渡されたら、七尾さんがどういう反応を示すのか、面白いと思いません?」
 と来た。こういうキャラクターの人だったのか、不知火さん……。イメージがどんどん覆るわ。

 さて昼休み。給食をいつもより少し早めに終えて、七尾さんの様子を窺った。まだ食べている最中だったけど、彼女からはすでに三時間目のあとの休み時間に、付き合うという返事をもらっている。
 ちなみに、森君からのメモの受け渡しについてだけど、不知火さんが事前に期待していたような流れにはならなかったわ。というのも森君自身が照れたのか目立つのを避けたいのかしら、直接手渡すのを嫌がって、勝手に置き手紙方式に変えてしまったから。七尾さんがトイレか何かで席を離れたすきに、筆入れの中にメモを忍ばせたみたい。七尾さんがメモに気付いたのは多分授業中で、だからどういう表情をしたのかは残念ながら私からは見えなかったの。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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