第19話 男子!
文字数 2,305文字
紅茶を堪能し、不知火さん宅を出たときには、訪問から一時間以上が経過していた。
ちょっと急ごう。次は森君の家だ。
念のため地図を再確認して、頭に思い描いてから自転車で漕ぎ出す。いい感じの風が吹いている。……風だよね? 下り坂っていうだけじゃなくて。
自動車の交通量が多いけど自転車通行可の舗道がある街中と、交通量は少ないけど舗道のない田舎道と、どっちが安全なんだろう。排気ガスまで考慮すれば、田舎の方がいいのかな。そんなことを思い浮かべたのは、森君の家まで行くルートは、まさしく今言った二通りがあったから。
今日は急ぐので、舗装されていて走り易いであろう街ルートを選択。距離でもこっちの方がちょっぴり短い。連休中で、交通量も少なめだろうし。ただし、信号機の数は街中の方が圧倒的に多いはず。数えたことないけど。
等と考えるでもなしに考えていると、いつの間にか森君の家が凄く近くになっていた。
住宅街に入ると、途中で幼稚園か保育園ぐらいの子が、駆け回って遊んでいるのを見掛けた。少し考え、自転車を降り、押して歩くことにする。初めて来た区画で、初めての家を探しながらの自転車は危ないと判断。
電信柱にある番地を当てにしてたのだけど、数が少なくて困った。しばらく進んで、町内掲示板の脇に地図が出ていた。筋が一つ違う上に、少し行きすぎていた。
引き返そうと、自転車の向きを換えたとき。
「――佐倉?」
いた。森宗平君、見付けた。ちょうど路地から出て来たところみたい。
「何でこんなとこにいんだよ。友達でもいるのか」
「確かに友達なら目の前にいるよん」
こんな偶然が嬉しくて、つい、声が弾む。
と、森君が怯んだみたいに、一歩後ずさった。手にした小さめの買い物袋らしきエコバッグが揺れる。
「ひょっとして、いや、ないと思うが、まさかおまえ、俺んちに用があって来たの?」
「そうよ。ひょっとしてとかまさかとか、使い方を間違ってると思う」
「事前に言えよ!」
「何で怒るのよ」
「怒っちゃねーけど。部屋が散らかってる」
「安心して。入れたくないんだったら、そこまでは上がり込まない」
「あ、ああ。それならいい……てか、そういう問題か?」
「じゃあ、どういう問題? それよりも議論してる暇あるの? 買い物の行きか帰りか知らないけれども」
「あ、帰り」
答えるなり走り出した。
「待ってよ。これからお邪魔するんだから、一緒に」
「悪ぃな。アイスクリーム買って来させられたんだ。早く帰らないと溶ける。間違って保冷じゃない方のエコバッグ持って来ちまって」
結構大きな声で喋りながら、どんどん遠ざかる。水泳で鍛えているおかげなのかしら、肺活量が違う。
まあいいわ。場所はもう完全に分かったから、ゆっくり行こう。
「珍しい。宗平に女の子のお客さんとは」
森君のお母さんが玄関で出迎えてくれたのには、さすがにびっくりした。見た目は寿司屋の女職人か女性トラックドライバーってイメージ(要するにしゃきしゃきしてる)なんだけど、話す声は人なつっこい。
「遠慮せずに上がって。さっき帰って来た宗平が、クラスの女子が来るからって言うから、何のための嘘なのと思ったわ。本当に来るなんて」
「お邪魔します。佐倉萌莉と言います。宗平君とは同じクラスで、奇術サークルの――」
「奇術サークル? てことは、あの子がこのところぐちぐち言ってて、結局入ることにしたって言う。はあ、じゃ、佐倉さんが会長さん?」
「はい。サークルに関係することで宗平君に用事ができたので、どうせなら直接行ってみようと思って……本当にご迷惑では」
「ないない。あ、でも、うちの人が夜勤明けで寝てるから。まあ、防音はしっかりしてるんだけどさ、この家。念のため、静かにお願いできるかしら」
「分かりました」
そう言われて、声が小さくなった私に対し、森君のお母さんはそれなりのボリュームで笑い声を立てた。
「過敏にならなくてもいいのよ。気持ち、気を付けてもらえればいいから」
「はい」
返事したのと同時くらいに、廊下を走る足音が。ほんと、多少の音なら平気みたい。
「や、やあ。もう上がってたの、佐倉さん。片付いたから、部屋でも大丈夫だけど、どうする?」
「……声の調子が変だよ、森君。言葉遣いというか」
「そうか?」
「いっちょこ前に緊張してるんじゃないよ。早く行きな」
森君のお母さんはそう言って、森君の背中をどんと押し叩いた。
「すぐあとでお茶持って行くから。ドアを閉めるんじゃないよ」
その話を聞いて、私は遠慮しようとしたんだけど、先に森君が「開けとくに決まってるだろ!」と言い返した。
当人に続いて部屋に入る。六畳間の畳敷きで、その畳が所々すり切れがちなのと、壁に一箇所、何かをぶつけたみたいな小さなへこみがあった。それらを除けば、意外ときれいだわ。
ふすまを見ながら聞いてみる。
「開けると、おもちゃとか漫画が雪崩みたいに崩れてくる?」
「そんなことあるかい」
漫才のつっこみを思わせる手つきを小さくやった森君は、予め置いていた座布団に座るように言った。森君は私の左斜め前の座布団に座る。
「で? 話って?」
「今言ったら、すぐに終わっちゃうけど」
「べ、別にかまわない」
「でも、森君のお母さんがお茶を」
「――そんなに飲みたいのなら、しょうがない。待ってやる」
本当のところ、不知火さん宅でいただいたので、ぜひとも飲みたい!っわけじゃないけれども。紅茶以外なら、多分いける。
「待つ間、マジックを見せてあげる」
「え?」
つづく
ちょっと急ごう。次は森君の家だ。
念のため地図を再確認して、頭に思い描いてから自転車で漕ぎ出す。いい感じの風が吹いている。……風だよね? 下り坂っていうだけじゃなくて。
自動車の交通量が多いけど自転車通行可の舗道がある街中と、交通量は少ないけど舗道のない田舎道と、どっちが安全なんだろう。排気ガスまで考慮すれば、田舎の方がいいのかな。そんなことを思い浮かべたのは、森君の家まで行くルートは、まさしく今言った二通りがあったから。
今日は急ぐので、舗装されていて走り易いであろう街ルートを選択。距離でもこっちの方がちょっぴり短い。連休中で、交通量も少なめだろうし。ただし、信号機の数は街中の方が圧倒的に多いはず。数えたことないけど。
等と考えるでもなしに考えていると、いつの間にか森君の家が凄く近くになっていた。
住宅街に入ると、途中で幼稚園か保育園ぐらいの子が、駆け回って遊んでいるのを見掛けた。少し考え、自転車を降り、押して歩くことにする。初めて来た区画で、初めての家を探しながらの自転車は危ないと判断。
電信柱にある番地を当てにしてたのだけど、数が少なくて困った。しばらく進んで、町内掲示板の脇に地図が出ていた。筋が一つ違う上に、少し行きすぎていた。
引き返そうと、自転車の向きを換えたとき。
「――佐倉?」
いた。森宗平君、見付けた。ちょうど路地から出て来たところみたい。
「何でこんなとこにいんだよ。友達でもいるのか」
「確かに友達なら目の前にいるよん」
こんな偶然が嬉しくて、つい、声が弾む。
と、森君が怯んだみたいに、一歩後ずさった。手にした小さめの買い物袋らしきエコバッグが揺れる。
「ひょっとして、いや、ないと思うが、まさかおまえ、俺んちに用があって来たの?」
「そうよ。ひょっとしてとかまさかとか、使い方を間違ってると思う」
「事前に言えよ!」
「何で怒るのよ」
「怒っちゃねーけど。部屋が散らかってる」
「安心して。入れたくないんだったら、そこまでは上がり込まない」
「あ、ああ。それならいい……てか、そういう問題か?」
「じゃあ、どういう問題? それよりも議論してる暇あるの? 買い物の行きか帰りか知らないけれども」
「あ、帰り」
答えるなり走り出した。
「待ってよ。これからお邪魔するんだから、一緒に」
「悪ぃな。アイスクリーム買って来させられたんだ。早く帰らないと溶ける。間違って保冷じゃない方のエコバッグ持って来ちまって」
結構大きな声で喋りながら、どんどん遠ざかる。水泳で鍛えているおかげなのかしら、肺活量が違う。
まあいいわ。場所はもう完全に分かったから、ゆっくり行こう。
「珍しい。宗平に女の子のお客さんとは」
森君のお母さんが玄関で出迎えてくれたのには、さすがにびっくりした。見た目は寿司屋の女職人か女性トラックドライバーってイメージ(要するにしゃきしゃきしてる)なんだけど、話す声は人なつっこい。
「遠慮せずに上がって。さっき帰って来た宗平が、クラスの女子が来るからって言うから、何のための嘘なのと思ったわ。本当に来るなんて」
「お邪魔します。佐倉萌莉と言います。宗平君とは同じクラスで、奇術サークルの――」
「奇術サークル? てことは、あの子がこのところぐちぐち言ってて、結局入ることにしたって言う。はあ、じゃ、佐倉さんが会長さん?」
「はい。サークルに関係することで宗平君に用事ができたので、どうせなら直接行ってみようと思って……本当にご迷惑では」
「ないない。あ、でも、うちの人が夜勤明けで寝てるから。まあ、防音はしっかりしてるんだけどさ、この家。念のため、静かにお願いできるかしら」
「分かりました」
そう言われて、声が小さくなった私に対し、森君のお母さんはそれなりのボリュームで笑い声を立てた。
「過敏にならなくてもいいのよ。気持ち、気を付けてもらえればいいから」
「はい」
返事したのと同時くらいに、廊下を走る足音が。ほんと、多少の音なら平気みたい。
「や、やあ。もう上がってたの、佐倉さん。片付いたから、部屋でも大丈夫だけど、どうする?」
「……声の調子が変だよ、森君。言葉遣いというか」
「そうか?」
「いっちょこ前に緊張してるんじゃないよ。早く行きな」
森君のお母さんはそう言って、森君の背中をどんと押し叩いた。
「すぐあとでお茶持って行くから。ドアを閉めるんじゃないよ」
その話を聞いて、私は遠慮しようとしたんだけど、先に森君が「開けとくに決まってるだろ!」と言い返した。
当人に続いて部屋に入る。六畳間の畳敷きで、その畳が所々すり切れがちなのと、壁に一箇所、何かをぶつけたみたいな小さなへこみがあった。それらを除けば、意外ときれいだわ。
ふすまを見ながら聞いてみる。
「開けると、おもちゃとか漫画が雪崩みたいに崩れてくる?」
「そんなことあるかい」
漫才のつっこみを思わせる手つきを小さくやった森君は、予め置いていた座布団に座るように言った。森君は私の左斜め前の座布団に座る。
「で? 話って?」
「今言ったら、すぐに終わっちゃうけど」
「べ、別にかまわない」
「でも、森君のお母さんがお茶を」
「――そんなに飲みたいのなら、しょうがない。待ってやる」
本当のところ、不知火さん宅でいただいたので、ぜひとも飲みたい!っわけじゃないけれども。紅茶以外なら、多分いける。
「待つ間、マジックを見せてあげる」
「え?」
つづく