第209話 S→SとM→Sと
文字数 2,051文字
「では秀明さんが同級生や上級生の女子と仲よくなるのは、気にならないと?」
「それはもちろん気になるわよ。女子の人と仲よくおしゃべりしていて、私達に教えてくれる時間に悪い影響が出るんじゃないかって心配で」
「そうですか……」
不知火さんは言葉を途切れさせると、陽子ちゃんや水原さんに向けて、やや声量を落として言った。
「困りました。本当に嫉妬していないのか、自覚がないのか判断が付きません」
「自覚がないだけだと思う。嫉妬する気持ちがゼロなら、女子という言葉にあそこまでこだわらないって」
「私らだけで想像してもしょうがない。言ってしまったからには、ずばり聞いた方がいいでしょ」
陽子ちゃんはとりまとめるかのように言うと、私の顔をじっと見つめてきた。
「ねえ、サクラ。仮の話になるけど、一緒に暮らしている家族を除いて、世の中の男、男子、男性をいいなって思う順番に並べると、誰が先頭に来る?」
「当然、シュウさん」
「ほらやっぱり。私達の歳で芸能人や有名人を挙げないのって、相当だと思う」
「え、何が」
「どれだけシュウさんが好きなんだって話。私らが見るに、恋愛レベルなんじゃないのかしらってさっきから言ってるんだよ」
「――」
一瞬だけど、頭の中が白で占められた。
マジックで使うハンカチや鳩の色って、こんな風に真っ白だなって感じるくらいの。
「好き、に入るのかなあ、これって」
実際のところぴんと来てはいなかったんだけれども、友達の言うことだし。特に陽子ちゃんは昔からの付き合いがあるから、きっと私のことを頭のてっぺんからつま先まで、ようく見ている。自分じゃ分からないことだってあるというしね。頭っから否定するんじゃなく、意見を受け入れてみよう。
「入るんじゃあないの?」
「うー……分かんない」
頭に両手をやって考え込む。ついつい、俯いてしまっていた。
「よろしいですか」
視線だけ起こすと、不知火さんが手のひらを立てて発言を求めていた。誰がこの場を仕切っているのかよく分かんないけど、私はうなずいておいた。
「好きという行為には何種類かあるというのは、皆さん共通して認識していると思います」
難しげな表現を使われたけれども、意味は何となく理解できた。
「もしかすると私達と佐倉さんとでは、好きの種類に少し違いがあるのかもしれません。例えばですけど、佐倉さんは木之元さんが好きだと思う男子が誰か、聞いたことや考えたことはありませんか」
「な、何を言い出すのやら」
不知火さんの問い掛けにはびっくりしたけれども、私以上に驚いて焦っているのが陽子ちゃん。
「それって関係あるのかなあ?」
「佐倉さんの捉え方を知るにはちょうどいいと思います。ね、佐倉さん?」
「いきなり言われて、記憶があやふやだったけど、何か思い出してきた。だいぶ前に内藤君のこといいねって言ってたよね」
「だ、だいぶ前よ」
陽子ちゃんは左、右と肩越しに振り返って教室全体の様子を窺った。内藤君がいるかどうかを気にしているのは、私にも分かる。
「そのとき、佐倉さんが思い描いた木之元さんから内藤君への感情と、今、佐倉さんが秀明さんに対して持っている感情は同じものだと思いませんか?」
「……同じような違うような」
また少し考えて、「シュウさんは年上だから、憧れがだいぶ大きいかもしれない」と感じたままを口にした。
「そういうのを抜きにしたら、同じ感情かも」
「そっか。最初からこう聞けばよかったのかもしれません。『秀明さんと同じくらいマジックのうまい男子がクラスメートにいたら好きになる?』と」
不知火さん、一人で納得したようにうなずいている。
私はと言えば、みんなの言おうとしていたことが今頃になってやっと分かってきた。ああ、顔が熱い。気が付くと両手でほっぺたを押さえていた。
「巻き込まれて私まで事故に遭っちゃったけど。その様子だとようやく自分の気持ちに気付いたか」
陽子ちゃんは私の巻き添えを食ってちょっとぷんすかしてるみたい。あらっぽく言われてしまった。
「はい……分かりました」
でも気付いたからって、どうしろっていう話なんだけど!
「どうしよう、次に会ったときまともに見られないかも、シュウさんの顔」
「いや、そこはがんばらないと」
「でも打ち明けられたら、秀明さんの方も困るでしょうけど。ほら、年齢差とか」
「うーん、その気があったとしても今は難しいよね」
みんな性格や好みは違うはずなのに、この手の話は好物らしく、わいわいがやがややり始めた。
と、そこへ。
「何やってんの、おまえら」
森君の声がした。サークル活動の時間以外で、話に入ってくるのは珍しい。
「男子禁制の話、かも」
陽子ちゃんがちょっとふざけた口調で言うと、森君は不満そうに眉根を寄せる。
「いきなり仲間外れかよ。まあいいよ。俺は佐倉さんがいじめられているのかと思ったから口を挟んだだけ。そうでないのなら」
つづく
「それはもちろん気になるわよ。女子の人と仲よくおしゃべりしていて、私達に教えてくれる時間に悪い影響が出るんじゃないかって心配で」
「そうですか……」
不知火さんは言葉を途切れさせると、陽子ちゃんや水原さんに向けて、やや声量を落として言った。
「困りました。本当に嫉妬していないのか、自覚がないのか判断が付きません」
「自覚がないだけだと思う。嫉妬する気持ちがゼロなら、女子という言葉にあそこまでこだわらないって」
「私らだけで想像してもしょうがない。言ってしまったからには、ずばり聞いた方がいいでしょ」
陽子ちゃんはとりまとめるかのように言うと、私の顔をじっと見つめてきた。
「ねえ、サクラ。仮の話になるけど、一緒に暮らしている家族を除いて、世の中の男、男子、男性をいいなって思う順番に並べると、誰が先頭に来る?」
「当然、シュウさん」
「ほらやっぱり。私達の歳で芸能人や有名人を挙げないのって、相当だと思う」
「え、何が」
「どれだけシュウさんが好きなんだって話。私らが見るに、恋愛レベルなんじゃないのかしらってさっきから言ってるんだよ」
「――」
一瞬だけど、頭の中が白で占められた。
マジックで使うハンカチや鳩の色って、こんな風に真っ白だなって感じるくらいの。
「好き、に入るのかなあ、これって」
実際のところぴんと来てはいなかったんだけれども、友達の言うことだし。特に陽子ちゃんは昔からの付き合いがあるから、きっと私のことを頭のてっぺんからつま先まで、ようく見ている。自分じゃ分からないことだってあるというしね。頭っから否定するんじゃなく、意見を受け入れてみよう。
「入るんじゃあないの?」
「うー……分かんない」
頭に両手をやって考え込む。ついつい、俯いてしまっていた。
「よろしいですか」
視線だけ起こすと、不知火さんが手のひらを立てて発言を求めていた。誰がこの場を仕切っているのかよく分かんないけど、私はうなずいておいた。
「好きという行為には何種類かあるというのは、皆さん共通して認識していると思います」
難しげな表現を使われたけれども、意味は何となく理解できた。
「もしかすると私達と佐倉さんとでは、好きの種類に少し違いがあるのかもしれません。例えばですけど、佐倉さんは木之元さんが好きだと思う男子が誰か、聞いたことや考えたことはありませんか」
「な、何を言い出すのやら」
不知火さんの問い掛けにはびっくりしたけれども、私以上に驚いて焦っているのが陽子ちゃん。
「それって関係あるのかなあ?」
「佐倉さんの捉え方を知るにはちょうどいいと思います。ね、佐倉さん?」
「いきなり言われて、記憶があやふやだったけど、何か思い出してきた。だいぶ前に内藤君のこといいねって言ってたよね」
「だ、だいぶ前よ」
陽子ちゃんは左、右と肩越しに振り返って教室全体の様子を窺った。内藤君がいるかどうかを気にしているのは、私にも分かる。
「そのとき、佐倉さんが思い描いた木之元さんから内藤君への感情と、今、佐倉さんが秀明さんに対して持っている感情は同じものだと思いませんか?」
「……同じような違うような」
また少し考えて、「シュウさんは年上だから、憧れがだいぶ大きいかもしれない」と感じたままを口にした。
「そういうのを抜きにしたら、同じ感情かも」
「そっか。最初からこう聞けばよかったのかもしれません。『秀明さんと同じくらいマジックのうまい男子がクラスメートにいたら好きになる?』と」
不知火さん、一人で納得したようにうなずいている。
私はと言えば、みんなの言おうとしていたことが今頃になってやっと分かってきた。ああ、顔が熱い。気が付くと両手でほっぺたを押さえていた。
「巻き込まれて私まで事故に遭っちゃったけど。その様子だとようやく自分の気持ちに気付いたか」
陽子ちゃんは私の巻き添えを食ってちょっとぷんすかしてるみたい。あらっぽく言われてしまった。
「はい……分かりました」
でも気付いたからって、どうしろっていう話なんだけど!
「どうしよう、次に会ったときまともに見られないかも、シュウさんの顔」
「いや、そこはがんばらないと」
「でも打ち明けられたら、秀明さんの方も困るでしょうけど。ほら、年齢差とか」
「うーん、その気があったとしても今は難しいよね」
みんな性格や好みは違うはずなのに、この手の話は好物らしく、わいわいがやがややり始めた。
と、そこへ。
「何やってんの、おまえら」
森君の声がした。サークル活動の時間以外で、話に入ってくるのは珍しい。
「男子禁制の話、かも」
陽子ちゃんがちょっとふざけた口調で言うと、森君は不満そうに眉根を寄せる。
「いきなり仲間外れかよ。まあいいよ。俺は佐倉さんがいじめられているのかと思ったから口を挟んだだけ。そうでないのなら」
つづく