第136話 暗雲(+何故か視点が変わる)
文字数 1,724文字
「分からないってどういう意味?」
宗平の眉間にしわができる。フィリポは思い出す風に上目遣いになり、すらすらと応じた。
「彼女の方から申し出ててくれたのです。一緒に戦うことになるかもしれないのだし、ここはいつでも協力体制に入れるよう、あなたの弁護士も私が手配するわって」
「ふーん」
鵜呑みにしていいのなら、無罪の者同士で手を取り合ってということになるけど……どうにもうさんくさいものを感じた宗平。
(共同戦線を張るのは分かるとしても、お金まで出すかなあ? そりゃまあ、フィリポがギャンブル狂いだっていうのはこのお城で働いていいる人達の間では有名みたいだけどさ。そんな人助けじゃなく、いざとなったらフィリポに罪を全て着せるために、ジュディ・カークランが考えているとしたら)
宗平はこの考え、と言うよりも想像を、フィリポにぶつけてみようかどうしようか迷った。
(ジュディの方には今、メインさんが話を聞いている。その内容を教えてもらったあと、さっきの俺の想像をフィリポに話すか否か、判断したっていいんじゃね? けど、向こうの事情聴取の中身が、こっちに伝わるっていう保証がないんだよなあ。ま、当たっているか外れているか、五分五分の想像だ。早い段階で言ってしまったら、武器にならない。駆け引きの道具に使えるかもしれないんだ、これは)
今ではないと決め、他に使えそうな手を探す。まずは小屋の中を見るのが先決だろう。宗平は改めて小屋に向き合った。
そのとき、天候が崩れ始めたのか、遠くの方で地鳴りのような音を伴い、黒い雲が渦を巻きつつあった。
(ありゃ、まずいなあ)
* *
遠雷らしき音を耳にして、窓の方に視線を向けたメイン。天気が下り坂であることを悟った彼は、「よくない傾向だなあ」と呟いた。
「え、何がです?」
チェリーが椅子を片付けながら、ほぼ反射的に聞き返す。
会議室の一つを借りて、メインからジュディ・カークランへの事情聴取が今、終わったところだった。
「強く激しい雨が降りつけたら、壁がね。もしかするときれいになってしまうかもしれないなと」
「壁と言いますと……ああ、殺人現場の窓の外の」
「そう。モリ探偵師が気にしていたから言う訳ではないが、自分も気になる」
「しかし、ロープを使って外壁を上り下りする方法は使われていないことが明らかになったのではありませんか」
「それでも気になるんだよ。他に方法があるとしたら、彼、モリ探偵師の指摘した壁の汚れとやらが関連しているんじゃないかという予感がしてね」
「――それでは、ヤーヴェさんに返答を催促しましょう。事件当夜のお天気のことが分かれば、大きな判断材料になりますよね」
「確かに」
メインが小さくうなずいた矢先、会議室の開け放たれたドアの向こう、廊下を通るヤーヴェの姿が。彼女はすぐに室内の方に向き、「よかった、まだおられましたか」とかすかな安堵の息を吐きつつ、平静を保った表情で言った。
「どうして僕らの居場所がここだと分かりました?」
「秘書のジュディ・カークランさんが、直に教えてくれましたよ。話は終わったので天気を調べた結果を伝えてはどうかと」
「なるほどね。それで、天候は分かりましたか」
「私が感じた強い雨というのは、事件当夜の二十三時までには上がっておりました。申し訳ありません。そのあと、ごく弱い雨が断続的に短い間ぱらついた程度なのですが、雨粒が窓ガラスを叩く音だけを聞いて、強い雨がまた降ったのだと思い込んでしまっていました」
ヤーヴェはすまなそうに肩を縮こまらせ、きっちりと堅い動作でこうべを垂れた。
メインは慌てて両手を振った。
「いえ、いいんです。顔を上げてください。事実が分かればいい。それよりも他に何か特記事項はありませんでしたか、当夜の天気に」
「ありました。侍従長が殺されるという大事件が起きたため、私だけでなく誰も彼もが失念していたようですが、改めて天候の記録に当たる過程で思い出した次第です。実は当夜の0時になる少し前、だいたい十分ほど前でしょうか。雷がこの城に落ちています」
つづく
宗平の眉間にしわができる。フィリポは思い出す風に上目遣いになり、すらすらと応じた。
「彼女の方から申し出ててくれたのです。一緒に戦うことになるかもしれないのだし、ここはいつでも協力体制に入れるよう、あなたの弁護士も私が手配するわって」
「ふーん」
鵜呑みにしていいのなら、無罪の者同士で手を取り合ってということになるけど……どうにもうさんくさいものを感じた宗平。
(共同戦線を張るのは分かるとしても、お金まで出すかなあ? そりゃまあ、フィリポがギャンブル狂いだっていうのはこのお城で働いていいる人達の間では有名みたいだけどさ。そんな人助けじゃなく、いざとなったらフィリポに罪を全て着せるために、ジュディ・カークランが考えているとしたら)
宗平はこの考え、と言うよりも想像を、フィリポにぶつけてみようかどうしようか迷った。
(ジュディの方には今、メインさんが話を聞いている。その内容を教えてもらったあと、さっきの俺の想像をフィリポに話すか否か、判断したっていいんじゃね? けど、向こうの事情聴取の中身が、こっちに伝わるっていう保証がないんだよなあ。ま、当たっているか外れているか、五分五分の想像だ。早い段階で言ってしまったら、武器にならない。駆け引きの道具に使えるかもしれないんだ、これは)
今ではないと決め、他に使えそうな手を探す。まずは小屋の中を見るのが先決だろう。宗平は改めて小屋に向き合った。
そのとき、天候が崩れ始めたのか、遠くの方で地鳴りのような音を伴い、黒い雲が渦を巻きつつあった。
(ありゃ、まずいなあ)
* *
遠雷らしき音を耳にして、窓の方に視線を向けたメイン。天気が下り坂であることを悟った彼は、「よくない傾向だなあ」と呟いた。
「え、何がです?」
チェリーが椅子を片付けながら、ほぼ反射的に聞き返す。
会議室の一つを借りて、メインからジュディ・カークランへの事情聴取が今、終わったところだった。
「強く激しい雨が降りつけたら、壁がね。もしかするときれいになってしまうかもしれないなと」
「壁と言いますと……ああ、殺人現場の窓の外の」
「そう。モリ探偵師が気にしていたから言う訳ではないが、自分も気になる」
「しかし、ロープを使って外壁を上り下りする方法は使われていないことが明らかになったのではありませんか」
「それでも気になるんだよ。他に方法があるとしたら、彼、モリ探偵師の指摘した壁の汚れとやらが関連しているんじゃないかという予感がしてね」
「――それでは、ヤーヴェさんに返答を催促しましょう。事件当夜のお天気のことが分かれば、大きな判断材料になりますよね」
「確かに」
メインが小さくうなずいた矢先、会議室の開け放たれたドアの向こう、廊下を通るヤーヴェの姿が。彼女はすぐに室内の方に向き、「よかった、まだおられましたか」とかすかな安堵の息を吐きつつ、平静を保った表情で言った。
「どうして僕らの居場所がここだと分かりました?」
「秘書のジュディ・カークランさんが、直に教えてくれましたよ。話は終わったので天気を調べた結果を伝えてはどうかと」
「なるほどね。それで、天候は分かりましたか」
「私が感じた強い雨というのは、事件当夜の二十三時までには上がっておりました。申し訳ありません。そのあと、ごく弱い雨が断続的に短い間ぱらついた程度なのですが、雨粒が窓ガラスを叩く音だけを聞いて、強い雨がまた降ったのだと思い込んでしまっていました」
ヤーヴェはすまなそうに肩を縮こまらせ、きっちりと堅い動作でこうべを垂れた。
メインは慌てて両手を振った。
「いえ、いいんです。顔を上げてください。事実が分かればいい。それよりも他に何か特記事項はありませんでしたか、当夜の天気に」
「ありました。侍従長が殺されるという大事件が起きたため、私だけでなく誰も彼もが失念していたようですが、改めて天候の記録に当たる過程で思い出した次第です。実は当夜の0時になる少し前、だいたい十分ほど前でしょうか。雷がこの城に落ちています」
つづく