第243話 どうか驚きますように

文字数 2,030文字

「段取り無視してごめん。このトランプ、使うって約束だから」
「いえ、当然のことです。ではお預かりいたします」
 いつも以上に丁寧、というか優雅な雰囲気で応じる不知火さん。この一週間ほどで、芸能界のことを七尾さんから色々教えてもらい、そのお礼という意味合いが強まっているみたい。
 でもそのせいでマジックが甘くなるなんてことは多分ない。いいものを見せようと、不知火さんが凄く練習していたことを私は知っている。というか、私、事前にアドバイスを求められて、基本的なテクニックやマジシャンとしてのしゃべりを磨き上げるために協力したんだよね。ただ、不知火さんが具体的にやろうとしているマジックが何なのかまでは、教えてもらえなかった。「やることを前もって知っていたら、驚きが減じられてしまいますから」と、当然の理屈を言われてしまうと、私も無理には聞けない。
「これはプラスティック製ですか?」
 ケースから出して、カードをぱらぱらと弾きながら不知火さんが聞く。もちろん貸してくれた当人に聞かなくても、触っただけで分かると思う。この会話はカードに少しでも慣れるための時間稼ぎかな? 実際、いくつかのカードさばきをやってる。
 もしくは下準備――特定の位置にあるカードを今の内に密かに確認しているのかもしれない。
「紙のトランプじゃないといけなかった?」
「ううん。これなら何とかなると思います。前とまったく同じというわけにはいきませんけど……やってみるとしましょう」
 七尾さんが元の席に収まるのを待って、始めた。
「自分の物ではないトランプカードを用いて、人前でマジックをするのは初めてなので、少し緊張しています。うまく行ったら御慰み」
 前回よりは手品師らしい口上を少し交えつつ、トランプをシャッフルし、その順番がばらばらであることを示す不知火さん。そして伏せたトランプを扇形に開きながら、ゆっくりと七尾さんの方へ両手を差し出す。
「好きなカードを指差してみてください。あなたが自由に思ったところでかまいませんよ」
「……」
 七尾さんの顔つきが最前までと違ってきた。真剣そのものだわ。黙って真ん中辺りの一枚を指差す。
「そのカードでいいのですね?」
「いい」
「ではカードを見ずに、この山の一番上に一旦置いてください」
 残りのカードをひとまとめにしてきれいに揃えると、裏向きのまま差し出す不知火さん。七尾さんが選び取ったカードを置くと、改めて揃える動作をする。それからトランプ一組を教卓に置き、その上にトランプのケースを重し代わりみたいに載せた。
「あなたの選んだカードをめくって見る前に、私が予言をしておくとしましょう」
 書く物を先生から借り受けると、何事かをさらさらと記していく。“予言”を書き付けた紙片を小さく折り畳み、指を添えたまま教卓の上を滑らせた。
「持っていてくださいね。まだ開けてはいけません」
「うん、了解」
 ここでようやく私は理解した。不知火さんがやろうとしているマジックを、その種と共に当たりを付けることができたのだ。あの演目なら見破られる可能性は高いかもしれない。けれども、決まったときはとても驚きがある。私は不知火さんの勉強ぶりと、この手品をセレクトするセンスに感心させられちゃった。
「選んだカードと予言、どちらから見てもいいのだけれど、どちらを選びますか?」
「……同時に」
 七尾さんの声には力がこもっている。マジシャンの言いなりになってたまるか、という意思の感じられる返事ね。
 不知火さんは“観客”のイレギュラーな反応にちょっとびっくりした目つきをしたけど、「同時ね。分かりました」と落ち着いて答える。
 そうしてさっき置いたばかりのケースを退けて、くだんの選ばれたカードを空いている手で押さえるよう、七尾さんに伝えた。
 これで七尾さんの左手に予言の紙、右手の指先にカードがあることに。
「さ、開けてみてください」
 言われるがまま、カードと紙とを同時に開こうとする七尾さん。ちょっと手間取ったけれども、うまく行った。
 次の刹那、七尾さんがはっきりと息を飲んだ。
 カードはハートの4。予言の紙に記されていたのも“ハートの4”。
「ふふ。うまく行ってよかった。習得したばかりだったので、冷や汗ものでしたわ。七尾さん、どうでしたか?」
「……凄い」
 七尾さんは悔しそうに答えた。しかし、ただ悔しがっているのではなく、驚いてもいるのは間違いない。それもいい意味での驚き。やっとマジックの楽しさ、分かってきたのかも?
「けど、今度のは頑張って考えたら分かりそうな気がしないでもない」
 あらら。まだまだ種を見破ることにこだわりが強いんだ。まあ、いきなりは方向転換しろって言われても無理だよね。私もマジックには種があると知ってからは、しばらくの間、種を見破ろうと必死になっていた時期があったから分かる。シュウさんが近くにいてくれたおかげで、うまく導かれたんだなあって、今になってしみじみ思えるわ。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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