第3話 魔法遣い初め
文字数 2,515文字
私は何度かトランプを切ってみせてから、その束を陽子ちゃんに渡した。
「好きなように切っていいよ」
「ん? じゃあ、机の上に置いてぐちゃぐちゃにしてもいい?」
「意地が悪いなあ。でも大丈夫、やっていいよ」
陽子ちゃんはほんとに机の上いっぱいにカードを広げ、両手を使ってかき混ぜるようにして切った。それを揃えると、私に返そうとするので、「不知火さんに渡して」と頼んだ。
「私にも切れってことね」
「うん。お願い」
不知火さんはごく一般的なヒンズーシャッフルで、十回ぐらい切った。割と器用で滑らかだ。本のページをめくり慣れているせいかしら、なんて思ったり。
二人に自由に切ってもらったトランプを返してもらった私は、裏向きの状態で扇形に広げた。模様がきれいに見えるよう広げるのが、マジシャンぽいと思ってるので、なるべく丁寧に。
「それじゃあ、一枚引いて……ううん、今日はサービスで二枚にする。一人一枚ずつ引いてね。そのあと私は背中を向けるから、その間に、まず自分のカードのマークと数字を確かめて、それからお互いのカードも見て、覚えて」
「分かったわ」
今度は不知火さんが先にカードを引く。真ん中辺りから一枚。陽子ちゃんは端の方を選んだ。こっちに影響ないけど、意地悪だ~。
私は残りのトランプを揃えて、くるっとその場できびすを返して二人に背を向ける。
「はい、じゃあ確かめて覚えてください」
声を掛けつつ、私も必要なことをしておく。一瞬で準備完了だ。
「覚えた? 念のために言うけど、マークと数字、声に出さないでよ」
「覚えた」
声を合図に元通りに向き直る。それから、ぎゅっと握ったトランプの束を、まずは不知火さんの前に差し出した。
「それではカードを裏向きのまま、束に戻してください」
「どこでもいいのね?」
「うん。一番上とか一番下は、トランプが崩れるからやめて欲しいけど」
「当てるマジックなんでしょ。だったら、そんな丸分かりのところには入れないってば」
陽子ちゃんが口を挟む。私は苦笑いで応じるしかなかった。
とにもかくにも、この段取りで不知火さん、陽子ちゃんとカードを入れてもらったら、再度束の端っこを揃える。
「では――今、私の背中には選んだカードを感知するセンサーができてます。背中に回しさえすれば、瞬時にカードを見つけ出せるでしょう」
「それって、佐倉さんは見ずにという意味?」
「はい」
不知火さんの質問に急いで答える。流れに乗って素早く進行した方が、鮮やかに決まるはず。
私はカードの束を左手に持つと、腰の高さで背中側に持って行き、そこで右手で受け取った。
「これでもう見付かったわ」
「何を選んだか分かったって? 信じられないなあ」
首を傾げる陽子ちゃん。ナイスなリアクション。私は自信満々の顔を作って、
「普通に言い当てても面白くないから、カードの方から自己申告してもらいます」
と宣言。
「自己申告?」
「カードのマークと数字、言ってくれる? 不知火さんからどうぞ」
「いいのね? スペードの3だったわ」
私はさも知ってましたという風にうなずき、続いて陽子ちゃんにも同じことを聞く。
「ハートのキングだよ」
私はまたうなずいてみせ、小声で「やっぱり」と言った。
「二人とも、ようく見ていてね」
左腕を伸ばし、カードの束を二人の中間ぐらいに出して、注目を集める。それから右手を使い、徐々にカードを開いていく。扇形が大きくなっていった。
すると、途中で裏面の模様とは明らかに違う、白い部分が現れる。
「うん? 何これ」
その白い物を摘まんで、引き出す。スペードの3だった。
「え? これだけ表向きになってる?」
不知火さんのびっくりした表情に、こっちはひとまず安心した。陽子ちゃん相手なら、失敗しても驚いてもらえなくても、何とかなると思ってたから。
「当然、もう一枚も……」
引き続き扇の形になるよう広げていくと、程なくしてまた白い部分が出現した。今度は陽子ちゃん自身に引っ張り出してもらう。
「――おお、凄い。ハートのキング、間違いない」
ハートの13を手に持ったまま、小さく拍手をしてくれた。それを見て不知火さんも、我に返ったという感じで拍手。う、嬉しい。
「ありがとうございました」
残りのトランプを切りながら、二人にカードを戻してもらおうと右手を伸ばす。その拍子に左手からカードを落とした。
「あ、最後の最後で失敗してしまったわ。演技が終わっててよかった」
と言いながら、カードを集めて元のようにする。これで証拠隠滅できた。
そう、わざと落としたのだ。上手な人なら、こんな段取りを踏まなくて済むんだけどね。私は慣れた自分のトランプでやっても、成功確率五割強ってところだから、安全策を採った。
「いやいや上出来。感心したよー、サクラ。いきなりやらせて悪いかなあって心配してたけど、よかったよかった」
陽子ちゃん、結構意地の悪いことをしてくれたような気がするのですが、そこは突っ込まないでおこう。
「私も感心させられました。種明かしはないんですね」
「え、それはまあ。演技したあとに種明かししても、いいことなんて全然ないから」
私は急いでトランプをケースに仕舞った。もし不知火さんに粘られて拝み倒されたら、こちらは入部をお願いする立場、つい種を言っちゃう気がしたので。
「奇術サークルに入会すれば、種を教えてもらえる?」
「そ、それもどうかなあ、約束はできないよ。聞いたら凄く簡単だし、調べたら分かると思うし」
「なるほど。分かりました。種明かし目当てで入ったと思われることはないようですから、いいでしょう。入会します」
「えっ、ほんとに? いいの?」
「嘘はつきません」
よかった。努力が実ったって感じ。誘いにくさ女子トップだと思ってた不知火さんを勧誘できたのは凄く嬉しい、今後に希望が持てる、うん。
気が付いたら、私は不知火さんの両手を握りしめていた。
「手先はマジシャンの命では? あまり強く握らないでください」
「ご、ごめん」
つづく
「好きなように切っていいよ」
「ん? じゃあ、机の上に置いてぐちゃぐちゃにしてもいい?」
「意地が悪いなあ。でも大丈夫、やっていいよ」
陽子ちゃんはほんとに机の上いっぱいにカードを広げ、両手を使ってかき混ぜるようにして切った。それを揃えると、私に返そうとするので、「不知火さんに渡して」と頼んだ。
「私にも切れってことね」
「うん。お願い」
不知火さんはごく一般的なヒンズーシャッフルで、十回ぐらい切った。割と器用で滑らかだ。本のページをめくり慣れているせいかしら、なんて思ったり。
二人に自由に切ってもらったトランプを返してもらった私は、裏向きの状態で扇形に広げた。模様がきれいに見えるよう広げるのが、マジシャンぽいと思ってるので、なるべく丁寧に。
「それじゃあ、一枚引いて……ううん、今日はサービスで二枚にする。一人一枚ずつ引いてね。そのあと私は背中を向けるから、その間に、まず自分のカードのマークと数字を確かめて、それからお互いのカードも見て、覚えて」
「分かったわ」
今度は不知火さんが先にカードを引く。真ん中辺りから一枚。陽子ちゃんは端の方を選んだ。こっちに影響ないけど、意地悪だ~。
私は残りのトランプを揃えて、くるっとその場できびすを返して二人に背を向ける。
「はい、じゃあ確かめて覚えてください」
声を掛けつつ、私も必要なことをしておく。一瞬で準備完了だ。
「覚えた? 念のために言うけど、マークと数字、声に出さないでよ」
「覚えた」
声を合図に元通りに向き直る。それから、ぎゅっと握ったトランプの束を、まずは不知火さんの前に差し出した。
「それではカードを裏向きのまま、束に戻してください」
「どこでもいいのね?」
「うん。一番上とか一番下は、トランプが崩れるからやめて欲しいけど」
「当てるマジックなんでしょ。だったら、そんな丸分かりのところには入れないってば」
陽子ちゃんが口を挟む。私は苦笑いで応じるしかなかった。
とにもかくにも、この段取りで不知火さん、陽子ちゃんとカードを入れてもらったら、再度束の端っこを揃える。
「では――今、私の背中には選んだカードを感知するセンサーができてます。背中に回しさえすれば、瞬時にカードを見つけ出せるでしょう」
「それって、佐倉さんは見ずにという意味?」
「はい」
不知火さんの質問に急いで答える。流れに乗って素早く進行した方が、鮮やかに決まるはず。
私はカードの束を左手に持つと、腰の高さで背中側に持って行き、そこで右手で受け取った。
「これでもう見付かったわ」
「何を選んだか分かったって? 信じられないなあ」
首を傾げる陽子ちゃん。ナイスなリアクション。私は自信満々の顔を作って、
「普通に言い当てても面白くないから、カードの方から自己申告してもらいます」
と宣言。
「自己申告?」
「カードのマークと数字、言ってくれる? 不知火さんからどうぞ」
「いいのね? スペードの3だったわ」
私はさも知ってましたという風にうなずき、続いて陽子ちゃんにも同じことを聞く。
「ハートのキングだよ」
私はまたうなずいてみせ、小声で「やっぱり」と言った。
「二人とも、ようく見ていてね」
左腕を伸ばし、カードの束を二人の中間ぐらいに出して、注目を集める。それから右手を使い、徐々にカードを開いていく。扇形が大きくなっていった。
すると、途中で裏面の模様とは明らかに違う、白い部分が現れる。
「うん? 何これ」
その白い物を摘まんで、引き出す。スペードの3だった。
「え? これだけ表向きになってる?」
不知火さんのびっくりした表情に、こっちはひとまず安心した。陽子ちゃん相手なら、失敗しても驚いてもらえなくても、何とかなると思ってたから。
「当然、もう一枚も……」
引き続き扇の形になるよう広げていくと、程なくしてまた白い部分が出現した。今度は陽子ちゃん自身に引っ張り出してもらう。
「――おお、凄い。ハートのキング、間違いない」
ハートの13を手に持ったまま、小さく拍手をしてくれた。それを見て不知火さんも、我に返ったという感じで拍手。う、嬉しい。
「ありがとうございました」
残りのトランプを切りながら、二人にカードを戻してもらおうと右手を伸ばす。その拍子に左手からカードを落とした。
「あ、最後の最後で失敗してしまったわ。演技が終わっててよかった」
と言いながら、カードを集めて元のようにする。これで証拠隠滅できた。
そう、わざと落としたのだ。上手な人なら、こんな段取りを踏まなくて済むんだけどね。私は慣れた自分のトランプでやっても、成功確率五割強ってところだから、安全策を採った。
「いやいや上出来。感心したよー、サクラ。いきなりやらせて悪いかなあって心配してたけど、よかったよかった」
陽子ちゃん、結構意地の悪いことをしてくれたような気がするのですが、そこは突っ込まないでおこう。
「私も感心させられました。種明かしはないんですね」
「え、それはまあ。演技したあとに種明かししても、いいことなんて全然ないから」
私は急いでトランプをケースに仕舞った。もし不知火さんに粘られて拝み倒されたら、こちらは入部をお願いする立場、つい種を言っちゃう気がしたので。
「奇術サークルに入会すれば、種を教えてもらえる?」
「そ、それもどうかなあ、約束はできないよ。聞いたら凄く簡単だし、調べたら分かると思うし」
「なるほど。分かりました。種明かし目当てで入ったと思われることはないようですから、いいでしょう。入会します」
「えっ、ほんとに? いいの?」
「嘘はつきません」
よかった。努力が実ったって感じ。誘いにくさ女子トップだと思ってた不知火さんを勧誘できたのは凄く嬉しい、今後に希望が持てる、うん。
気が付いたら、私は不知火さんの両手を握りしめていた。
「手先はマジシャンの命では? あまり強く握らないでください」
「ご、ごめん」
つづく