第202話 指と指とで通じ合う
文字数 2,104文字
(もしかして、切断マジックで胴体を切られる役のような本格的なのを想像していた? まさかね。道具がないことは一目瞭然。でもイリュージョンを期待してるんだよな、この人達は)
今日はさすがに何の準備もしてきていないが、舞台劇に使えるようなものとなると自分にいかほどのバリエーションがあるだろうか。今から心配になる。
と、いけない。目の前のマジックに集中しなければ。
「それではおなじみの演目になりますが……こうやってトランプを弾いていきますので、お好きなタイミングで『ストップ!』と声を掛けてください」
ヒンズーシャッフルを行う直前といった格好でトランプを構え、例として、右手人差し指でカードを上から下へ弾いていく。
「こんな感じのやつ、テレビで見たことある」
「それは冷や汗ものです。種までご存じだったら言ってください」
「いえ、知らない。テレビで見たというのは、ぱらぱらっと弾くのが早すぎて、お客さんが『ストップ!』と言ったときには全部降りきっている。お客さんがいじられて、二度目のチャンスには今度こそと気負って、まだ全然弾かない内から『ストップ!』と叫んでしまい、またいじられる」
「よくご存じで。ご希望でしたら、いじりますが」
「いえ、いいわ。劇中なら採用してもいいけれど」
「分かりました。では改めて、弾きますので声を掛けてください」
乾いた音を立ててカードが降りていく。もう落ちきるかと思えた瞬間、ストップの声が掛かった。
「ここでいいですね? じゃあご覧になったら覚えておいてください。他のお二人も」
裏向きにした状態でくだんのカードを相手に渡す。
「君は見てはいけないのかな」
「いえ、どちらでもいいんです」
「なんだ。だったら神経張り詰めなくてもいいかな」
割とあっさりカードを表裏反対にし、ハートの5であることを確かめる。ためつすがめつする三年生に、秀明は遠慮気味に声を掛けた。
「小見倉さん、先ほども言いましたが、席の二人にも」
「あ、そうだったな。ほい」
カードの表を向けられると、梧桐達は大きな動作で首を振った。
「覚えましたね、皆さん? 次に小見倉さんはそのカードをお返しください。一番上にお願いします」
揃えたデックをつっと差し向ける秀明。選んだカードを戻してもらってから、シャッフルを始めた。同時に呼び掛ける。
「今度も同じく、ストップと言ってもらえますか」
「ストップ!」
裏を掻いたつもりなのだろう、即座に叫ばれた。秀明は一瞬呆気にとられたが、すぐさま調子を取り戻し微笑を浮かべる。
「あ、すみません。シャッフルを止めるタイミングじゃないです。先ほどと同様にぱらぱらと弾いていきますので、そのときにお願いします」
「な、なんだ。そうか」
目元を赤らめる先輩を見て、ちょっと申し訳なくなった。秀明はフォローに出る。
「でもお望みであれば、このままシャッフルはやめられますよ。幸か不幸か、びっくりしてカードを切る手が止まっていましたから」
「うーん……いや、あと四回切ること。この部屋にいる人間の頭数分、シャッフルだ」
謎の決め方で数を指定された秀明は、素直に従った。四回切ったところで、以前と同じ手つきでカードを弾く体勢に入る。
「では行きますよ。遅れないように」
「よし来た――ストップ」
先ほどの反省からか、今回のストップは大人しめのボリュームだった。
指で弾くのを止め、秀明は分かれ目のカードを取るように相手を促す。
「ご覧になって、カードのマークと数字を確かめてください」
「……おおっ、ハートの5」
見守る二人の演劇部員達にもカードの表が向けられる。似たような反応を示した。
「実はこれストップのかけ声じゃなくてもいいんです」
カードを戻してもらってから、またシャッフルをしつつ秀明は言った。
「と言うと?」
「小見倉さん、利き手はどちらでしょうか」
「右だけど」
「では、右手の人差し指を使うとします。次はやはり好きなタイミングで、カードを弾いているときに、指を差し入れてみてください」
「まさか」
と言いつつ、秀明がぱらぱらと弾くカードを向けると、早い段階で指を差し込んできた。
「では指のすぐ下にあるカードを手に取り、マークと数を見てください」
「――マジック的にハートの5と分かっていても、やっぱりびっくりするわ」
表を向けたカードを右手に持ったまま、お手上げのポーズを取った。
「これは何度やっても多分、再現できますよ」
秀明がそう宣言した通り、このあと何度指を差し込んでも、現れるカードはハートの五。
「さらにこの不思議な力は伝播するんです。小見倉さん、右手の人差し指の先で、えっと、副部長さんの右手人差し指を触ってあげてください」
「長束 よ」
副部長が微苦笑混じりに言い添えた。秀明はその唐突さに一瞬ストップするも、「自己紹介に与り、光栄です」と咄嗟に応じる。
「では改めて、小見倉さんは長束さんの指先に触れてください」
言われた通りに部長と副部長が右手の人差し指の先同士を触れさせる様を見て、梧桐が「映画の一場面みたい」と評した。
あの映画は名作だけど、ちょっと古くないか。心の中で突っ込まずにはいられない秀明だった。
つづく
今日はさすがに何の準備もしてきていないが、舞台劇に使えるようなものとなると自分にいかほどのバリエーションがあるだろうか。今から心配になる。
と、いけない。目の前のマジックに集中しなければ。
「それではおなじみの演目になりますが……こうやってトランプを弾いていきますので、お好きなタイミングで『ストップ!』と声を掛けてください」
ヒンズーシャッフルを行う直前といった格好でトランプを構え、例として、右手人差し指でカードを上から下へ弾いていく。
「こんな感じのやつ、テレビで見たことある」
「それは冷や汗ものです。種までご存じだったら言ってください」
「いえ、知らない。テレビで見たというのは、ぱらぱらっと弾くのが早すぎて、お客さんが『ストップ!』と言ったときには全部降りきっている。お客さんがいじられて、二度目のチャンスには今度こそと気負って、まだ全然弾かない内から『ストップ!』と叫んでしまい、またいじられる」
「よくご存じで。ご希望でしたら、いじりますが」
「いえ、いいわ。劇中なら採用してもいいけれど」
「分かりました。では改めて、弾きますので声を掛けてください」
乾いた音を立ててカードが降りていく。もう落ちきるかと思えた瞬間、ストップの声が掛かった。
「ここでいいですね? じゃあご覧になったら覚えておいてください。他のお二人も」
裏向きにした状態でくだんのカードを相手に渡す。
「君は見てはいけないのかな」
「いえ、どちらでもいいんです」
「なんだ。だったら神経張り詰めなくてもいいかな」
割とあっさりカードを表裏反対にし、ハートの5であることを確かめる。ためつすがめつする三年生に、秀明は遠慮気味に声を掛けた。
「小見倉さん、先ほども言いましたが、席の二人にも」
「あ、そうだったな。ほい」
カードの表を向けられると、梧桐達は大きな動作で首を振った。
「覚えましたね、皆さん? 次に小見倉さんはそのカードをお返しください。一番上にお願いします」
揃えたデックをつっと差し向ける秀明。選んだカードを戻してもらってから、シャッフルを始めた。同時に呼び掛ける。
「今度も同じく、ストップと言ってもらえますか」
「ストップ!」
裏を掻いたつもりなのだろう、即座に叫ばれた。秀明は一瞬呆気にとられたが、すぐさま調子を取り戻し微笑を浮かべる。
「あ、すみません。シャッフルを止めるタイミングじゃないです。先ほどと同様にぱらぱらと弾いていきますので、そのときにお願いします」
「な、なんだ。そうか」
目元を赤らめる先輩を見て、ちょっと申し訳なくなった。秀明はフォローに出る。
「でもお望みであれば、このままシャッフルはやめられますよ。幸か不幸か、びっくりしてカードを切る手が止まっていましたから」
「うーん……いや、あと四回切ること。この部屋にいる人間の頭数分、シャッフルだ」
謎の決め方で数を指定された秀明は、素直に従った。四回切ったところで、以前と同じ手つきでカードを弾く体勢に入る。
「では行きますよ。遅れないように」
「よし来た――ストップ」
先ほどの反省からか、今回のストップは大人しめのボリュームだった。
指で弾くのを止め、秀明は分かれ目のカードを取るように相手を促す。
「ご覧になって、カードのマークと数字を確かめてください」
「……おおっ、ハートの5」
見守る二人の演劇部員達にもカードの表が向けられる。似たような反応を示した。
「実はこれストップのかけ声じゃなくてもいいんです」
カードを戻してもらってから、またシャッフルをしつつ秀明は言った。
「と言うと?」
「小見倉さん、利き手はどちらでしょうか」
「右だけど」
「では、右手の人差し指を使うとします。次はやはり好きなタイミングで、カードを弾いているときに、指を差し入れてみてください」
「まさか」
と言いつつ、秀明がぱらぱらと弾くカードを向けると、早い段階で指を差し込んできた。
「では指のすぐ下にあるカードを手に取り、マークと数を見てください」
「――マジック的にハートの5と分かっていても、やっぱりびっくりするわ」
表を向けたカードを右手に持ったまま、お手上げのポーズを取った。
「これは何度やっても多分、再現できますよ」
秀明がそう宣言した通り、このあと何度指を差し込んでも、現れるカードはハートの五。
「さらにこの不思議な力は伝播するんです。小見倉さん、右手の人差し指の先で、えっと、副部長さんの右手人差し指を触ってあげてください」
「
副部長が微苦笑混じりに言い添えた。秀明はその唐突さに一瞬ストップするも、「自己紹介に与り、光栄です」と咄嗟に応じる。
「では改めて、小見倉さんは長束さんの指先に触れてください」
言われた通りに部長と副部長が右手の人差し指の先同士を触れさせる様を見て、梧桐が「映画の一場面みたい」と評した。
あの映画は名作だけど、ちょっと古くないか。心の中で突っ込まずにはいられない秀明だった。
つづく