第128話 犯行現場
文字数 1,532文字
何がいけないんだと聞き返そうとした宗平よりも先に、メインは続けざまに言った。
「犯人なら毒の特徴を知っていても、正直に言うはずがない、とは思わないかい?」
「それは……嘘をつけば怪しまれるだろ。容疑が強まる」
「すぐに嘘だとばれるような嘘ならね。この場合は違うんじゃないか。王女の発言が真実だという根拠はないだろう?」
「……そう、だよね」
認めるほかなかった。佐倉萌莉に似たマギー王女を疑いたくないがために、勇み足をやってしまったようだ。
「では、現場を見てみるとしよう。王女は先ほどと同じく、外でお待ちください」
主導権はメインが握っていた。
言うまでもないが、部屋の主たる侍従長の遺体は、とうに搬出されていた。
ここでは流儀が違うのか、遺体の格好やあった場所を示すための白い縁取りがどこにも見当たらない。宗平はナイト・ファウストの遺体はどこにあったのかを聞いた。
「ベッドの上だよ」
答えるのみで、特に指し示そうとはしないメイン。それもそのはず、ベッドは部屋の奥の窓辺に、でんと鎮座していた。寝台そのものは頑丈そうで事件の前後で一ミリも動いてないようだけれども、その上の布団となるとかなり乱れていた。
「発見された時点では、毛布一枚を被って、仰向けの姿勢だったそうだ。記録を読むと、確か、表情や身体に苦悶した様子はあまり見られなかったと。一度胸や喉に手をあてがい、苦しんだ様子はあったが、さほど長くは持たずに天に召されたと考えられている。
遺体を運び出すために、毛布をめくり取らざるを得なかったということだね」
「エルクサムを服用したら、苦しまずに死ぬものなのかな」
「呼吸が止まるのだから苦しはずだけどね。短い間だからその表情や姿勢で固まるということはないのかもしれない。あるいは、エルクサムそのものの作用により、全身の筋肉が弛緩するのかな」
メインは探偵師と言っても臨時だけあって、毒物薬物には詳しくないみたいだ。宗平はマギー王女のいる戸口の方を振り返った。彼女も知っているとは思えないが、念のため、目で尋ねてみる。
(それに、知っていても嘘をつく可能性はあるんだ、うん)
宗平が早速、教訓を活かしてじっと目を凝らす。マギー王女はしかし、彼のアイコンタクトが通じなかったようだ。
それも無理はあるまい。何せ今彼女は、交際していた男が死んだ部屋に来ている。しばし意を奪われても仕方がないことであろう。
宗平が遠慮したのとは対照的に、メインはちょうどいい機会と捉えたのか、質問をぶつけた。
「マギー王女。悲しみを新たにされているところを非常に心苦しいのですが、あなたは以前、この部屋に入ったことがあるのですか」
「あります」
意外なほど早い返事があった。ただ、聞いたことに対する答以上の言葉はない。
「最後に入ったときと、今目の当たりにしてみて、どこか違っているところはありますか。家具の配置や色彩だけでなく、コップの類、あるいは花瓶や灰皿といった容器になり得る品物はなかったかもよく思い返してください」
「その質問は、とうに受けているわ」
若干、しわがれた声になった。身体的にも精神的にも疲労がたまっているようだ。
「なかったと答えたつもりでしたが、メイン探偵師にさえ伝わっていないのでしたら、私の勘違いかしら」
「いえ。モリ探偵師のために、再度のお答えを願った次第です。お手間を取らせて申し訳ありません。それでは……ナイト・ファウスト侍従長は通常、ベッドにどのようにお休みになっていたでしょうか」
「それを私に聞くのですか」
王女が色をなす。が、メインは口をつぐんだまま、敬意を添えてこうべを垂れるばかりだった。
つづく
「犯人なら毒の特徴を知っていても、正直に言うはずがない、とは思わないかい?」
「それは……嘘をつけば怪しまれるだろ。容疑が強まる」
「すぐに嘘だとばれるような嘘ならね。この場合は違うんじゃないか。王女の発言が真実だという根拠はないだろう?」
「……そう、だよね」
認めるほかなかった。佐倉萌莉に似たマギー王女を疑いたくないがために、勇み足をやってしまったようだ。
「では、現場を見てみるとしよう。王女は先ほどと同じく、外でお待ちください」
主導権はメインが握っていた。
言うまでもないが、部屋の主たる侍従長の遺体は、とうに搬出されていた。
ここでは流儀が違うのか、遺体の格好やあった場所を示すための白い縁取りがどこにも見当たらない。宗平はナイト・ファウストの遺体はどこにあったのかを聞いた。
「ベッドの上だよ」
答えるのみで、特に指し示そうとはしないメイン。それもそのはず、ベッドは部屋の奥の窓辺に、でんと鎮座していた。寝台そのものは頑丈そうで事件の前後で一ミリも動いてないようだけれども、その上の布団となるとかなり乱れていた。
「発見された時点では、毛布一枚を被って、仰向けの姿勢だったそうだ。記録を読むと、確か、表情や身体に苦悶した様子はあまり見られなかったと。一度胸や喉に手をあてがい、苦しんだ様子はあったが、さほど長くは持たずに天に召されたと考えられている。
遺体を運び出すために、毛布をめくり取らざるを得なかったということだね」
「エルクサムを服用したら、苦しまずに死ぬものなのかな」
「呼吸が止まるのだから苦しはずだけどね。短い間だからその表情や姿勢で固まるということはないのかもしれない。あるいは、エルクサムそのものの作用により、全身の筋肉が弛緩するのかな」
メインは探偵師と言っても臨時だけあって、毒物薬物には詳しくないみたいだ。宗平はマギー王女のいる戸口の方を振り返った。彼女も知っているとは思えないが、念のため、目で尋ねてみる。
(それに、知っていても嘘をつく可能性はあるんだ、うん)
宗平が早速、教訓を活かしてじっと目を凝らす。マギー王女はしかし、彼のアイコンタクトが通じなかったようだ。
それも無理はあるまい。何せ今彼女は、交際していた男が死んだ部屋に来ている。しばし意を奪われても仕方がないことであろう。
宗平が遠慮したのとは対照的に、メインはちょうどいい機会と捉えたのか、質問をぶつけた。
「マギー王女。悲しみを新たにされているところを非常に心苦しいのですが、あなたは以前、この部屋に入ったことがあるのですか」
「あります」
意外なほど早い返事があった。ただ、聞いたことに対する答以上の言葉はない。
「最後に入ったときと、今目の当たりにしてみて、どこか違っているところはありますか。家具の配置や色彩だけでなく、コップの類、あるいは花瓶や灰皿といった容器になり得る品物はなかったかもよく思い返してください」
「その質問は、とうに受けているわ」
若干、しわがれた声になった。身体的にも精神的にも疲労がたまっているようだ。
「なかったと答えたつもりでしたが、メイン探偵師にさえ伝わっていないのでしたら、私の勘違いかしら」
「いえ。モリ探偵師のために、再度のお答えを願った次第です。お手間を取らせて申し訳ありません。それでは……ナイト・ファウスト侍従長は通常、ベッドにどのようにお休みになっていたでしょうか」
「それを私に聞くのですか」
王女が色をなす。が、メインは口をつぐんだまま、敬意を添えてこうべを垂れるばかりだった。
つづく