第34話 評価の基準
文字数 2,252文字
* *
第二部が開演しても、シュウさんが戻らなかったので、ちょっと、ううんだいぶ落ち着かなかった。
おかげで、最初の三、四組はどんなマジックをしたのか、あんまり覚えていない。朧気に、ハンカチがたくさん待っていたのと、ハトが出た記憶はあるものの、順番がはっきりしない有様。
シュウさんが記録を付けていたことすら忘れてた。ここは私が代わりに付けなきゃいけない場面だったのに……。
と自分のミスに気付いて、一人で落ち込んでいると、シュウさんがやっと戻ってきた。腰を低くした状態で現れ、手刀を切るときみたいなポーズをして、森君の前を通り、シートに収まる。
「何してたのよー。心配してたんだから。だいぶ進んじゃったよ」
「ごめんごめん。でも今は舞台を観ることに集中」
言われたので、私は急いで口をつぐんだ。
このあと発表会は滞りなく進んで、上手な人もいれば、それなりの人もいた。
多田会長さんの演目は、イリュージョンと呼ばれる大掛かりなマジックの一種で、人体切断だった。テレビで観るようなプロの方とは違って、アシスタントは若くないし、美人さんでもなかった。ころころした感じのとにかく愛嬌のある人で、会場人気はこの日一番だったかも。
それから、後ろから三番目に登場した女の人は、カップ&ボールをやったのだけれど、シュウさんが一際大きな拍手を送っているように見えた。うーん、基本に忠実なシンプルな魅せ方で、オリジナリティと言ったら最後にカップから出てくるのが、花びらの山である点ぐらいだったんだけど、そんなによかったのかな?
引き続き発表会の審査が行われ、最優秀賞には大学生の男女ペアが選ばれていた。社交ダンスにマジックを織り交ぜた独創性が評価されてたわ。最後に女性が人形と入れ替わるところは予想が付くんだけど、とってもよかった。納得の受賞。
イベントのラストを飾るのは、特別ゲストのプロマジシャン達による演目披露。
青三さんは男性マジシャンなんだけど、出て来たときはチャイナドレス姿。しゃなりしゃなりと、大小様々なサイズの紙の花を散らせたかと思ったら、突然香港のカンフー映画によくいるチンピラ風のエキストラ三人が現れ、派手な立ち回り。一旦舞台袖に逃げ込んだあと、オレンジ色に紺のラインが入ったカンフースーツに身を包んで再登場。知ってる人はすぐ分かる(らしい)ブルース・リーの代表的衣装(らしい)。そう、青三という名前も、ブルース・リーからの駄洒落なのだ。ブルー・スリーって。
締めはヒンズー・バスケットという奇術――バスケットの中に人が入って、剣で刺しても無事に出てくる――を中国風にアレンジしていた。
加山圭子さんは年老いて腰の曲がった眼鏡のおばあさん姿で登場し、庭の花(もちろん奇術道具で作り物)に水をやるが枯れてしまうは、木に実ったリンゴを取ると一瞬にして黒くなるはと、老いを感じさせる演出。落胆した様子で家の中に戻ってソファに身を沈めると、じきに眠り込む。そのときソファの肘掛けに置かれていたピエロの人形――パペットといって手袋みたいにはめて操るタイプ――が動き出して、おばあさんにメイクを始める。途中で目覚めたおばあさん、眼鏡を掛けて手鏡で自分の姿を見てびっくり。ピエロはまあまあいいからいいからとでも言うみたいに、眼鏡をまた外してメイクを続け、さらに髪の毛や服も全然違う若い感じの物に変えていく。若い頃に戻ったおばあさんは嬉しさのあまり激しく踊り出して、ポールダンス風の動きまで見せる。それから庭に出て水をやると花は復活し、真っ赤なリンゴがたわわに実ったところでおしまい。
下がる前にスポットライトを浴びて、顔がはっきり見えたけれど、最初の印象とは全く逆の、若い人だった。
そしておおとりを飾るのが、シュウさんの師匠、中島龍毅さん。かなりご高齢に見えたのだけれど、舞台に立つと印象ががらりと変わる。ダンディを絵に描いたというか、とにかく若々しい。
煙草に火を着け、手の中で消したかと思ったら、次の瞬間には右の耳に挟まっている。ジャケットのポケットに落としたのに、また手から出て来て、それをくわえて一旦口の中に完全に仕舞い込むけど、再び火を消すことなく口から出す。一連のシガーマジックを終得ると、万雷の拍手が起きた。
「どうもありがとうございます。代理で来ました、中島龍毅です。覆面を被ってこようか迷ったんですが。お客さんの反応を見る限り、なくても平気のようですね、ほっとしました。えー、このあともしばらくやらなきゃいけないですが、急なことでさて何をしようかと迷いました。舞台映えするマジックを最近はあまり練習していなかったこともあり、多田会長に無理を言ってOHPを用意してもらいました。――お願いします」
舞台右手に声を掛けると、男性スタッフ二名により機械と机が運ばれてきた。電源をつないで、簡単にテストしてからスタッフは引っ込む。
「正式には書画カメラと呼ぶそうで、確かに昔学校で使っていたオーバーヘッドプロジェクターとは仕組みが違うようです。ま、手元を大きく映せれば何でもいいんです」
お喋りをしながら、トランプ一組をケースから出す。
それ以降は、カードマジックのオンパレード。一つ一つ書き記すなんてとてもじゃないけどできない。物理的に、という以上に、集中して観ていたい気持ちが勝 った。
つづく
第二部が開演しても、シュウさんが戻らなかったので、ちょっと、ううんだいぶ落ち着かなかった。
おかげで、最初の三、四組はどんなマジックをしたのか、あんまり覚えていない。朧気に、ハンカチがたくさん待っていたのと、ハトが出た記憶はあるものの、順番がはっきりしない有様。
シュウさんが記録を付けていたことすら忘れてた。ここは私が代わりに付けなきゃいけない場面だったのに……。
と自分のミスに気付いて、一人で落ち込んでいると、シュウさんがやっと戻ってきた。腰を低くした状態で現れ、手刀を切るときみたいなポーズをして、森君の前を通り、シートに収まる。
「何してたのよー。心配してたんだから。だいぶ進んじゃったよ」
「ごめんごめん。でも今は舞台を観ることに集中」
言われたので、私は急いで口をつぐんだ。
このあと発表会は滞りなく進んで、上手な人もいれば、それなりの人もいた。
多田会長さんの演目は、イリュージョンと呼ばれる大掛かりなマジックの一種で、人体切断だった。テレビで観るようなプロの方とは違って、アシスタントは若くないし、美人さんでもなかった。ころころした感じのとにかく愛嬌のある人で、会場人気はこの日一番だったかも。
それから、後ろから三番目に登場した女の人は、カップ&ボールをやったのだけれど、シュウさんが一際大きな拍手を送っているように見えた。うーん、基本に忠実なシンプルな魅せ方で、オリジナリティと言ったら最後にカップから出てくるのが、花びらの山である点ぐらいだったんだけど、そんなによかったのかな?
引き続き発表会の審査が行われ、最優秀賞には大学生の男女ペアが選ばれていた。社交ダンスにマジックを織り交ぜた独創性が評価されてたわ。最後に女性が人形と入れ替わるところは予想が付くんだけど、とってもよかった。納得の受賞。
イベントのラストを飾るのは、特別ゲストのプロマジシャン達による演目披露。
青三さんは男性マジシャンなんだけど、出て来たときはチャイナドレス姿。しゃなりしゃなりと、大小様々なサイズの紙の花を散らせたかと思ったら、突然香港のカンフー映画によくいるチンピラ風のエキストラ三人が現れ、派手な立ち回り。一旦舞台袖に逃げ込んだあと、オレンジ色に紺のラインが入ったカンフースーツに身を包んで再登場。知ってる人はすぐ分かる(らしい)ブルース・リーの代表的衣装(らしい)。そう、青三という名前も、ブルース・リーからの駄洒落なのだ。ブルー・スリーって。
締めはヒンズー・バスケットという奇術――バスケットの中に人が入って、剣で刺しても無事に出てくる――を中国風にアレンジしていた。
加山圭子さんは年老いて腰の曲がった眼鏡のおばあさん姿で登場し、庭の花(もちろん奇術道具で作り物)に水をやるが枯れてしまうは、木に実ったリンゴを取ると一瞬にして黒くなるはと、老いを感じさせる演出。落胆した様子で家の中に戻ってソファに身を沈めると、じきに眠り込む。そのときソファの肘掛けに置かれていたピエロの人形――パペットといって手袋みたいにはめて操るタイプ――が動き出して、おばあさんにメイクを始める。途中で目覚めたおばあさん、眼鏡を掛けて手鏡で自分の姿を見てびっくり。ピエロはまあまあいいからいいからとでも言うみたいに、眼鏡をまた外してメイクを続け、さらに髪の毛や服も全然違う若い感じの物に変えていく。若い頃に戻ったおばあさんは嬉しさのあまり激しく踊り出して、ポールダンス風の動きまで見せる。それから庭に出て水をやると花は復活し、真っ赤なリンゴがたわわに実ったところでおしまい。
下がる前にスポットライトを浴びて、顔がはっきり見えたけれど、最初の印象とは全く逆の、若い人だった。
そしておおとりを飾るのが、シュウさんの師匠、中島龍毅さん。かなりご高齢に見えたのだけれど、舞台に立つと印象ががらりと変わる。ダンディを絵に描いたというか、とにかく若々しい。
煙草に火を着け、手の中で消したかと思ったら、次の瞬間には右の耳に挟まっている。ジャケットのポケットに落としたのに、また手から出て来て、それをくわえて一旦口の中に完全に仕舞い込むけど、再び火を消すことなく口から出す。一連のシガーマジックを終得ると、万雷の拍手が起きた。
「どうもありがとうございます。代理で来ました、中島龍毅です。覆面を被ってこようか迷ったんですが。お客さんの反応を見る限り、なくても平気のようですね、ほっとしました。えー、このあともしばらくやらなきゃいけないですが、急なことでさて何をしようかと迷いました。舞台映えするマジックを最近はあまり練習していなかったこともあり、多田会長に無理を言ってOHPを用意してもらいました。――お願いします」
舞台右手に声を掛けると、男性スタッフ二名により機械と机が運ばれてきた。電源をつないで、簡単にテストしてからスタッフは引っ込む。
「正式には書画カメラと呼ぶそうで、確かに昔学校で使っていたオーバーヘッドプロジェクターとは仕組みが違うようです。ま、手元を大きく映せれば何でもいいんです」
お喋りをしながら、トランプ一組をケースから出す。
それ以降は、カードマジックのオンパレード。一つ一つ書き記すなんてとてもじゃないけどできない。物理的に、という以上に、集中して観ていたい気持ちが
つづく