第47話 厚かましいと差し出がましい
文字数 2,028文字
「はいっ」
バネ仕掛けのからくり人形か何かみたいに、勢いよく振り返っていた。机の上からランドセルを持ち上げようとしていたタイミングだったため、向きを換えた反動で、ランドセルが逆方向に飛び出しそうになった。慌てて手で押さえる。
「な、何かな」
このとき私の頭の中にぱっと浮かんだのは、サークル設立のために水原さんにも声を掛けようとしていたこと。どこかから噂話みたいにして水原さん自身に伝わっていたんじゃないかしら。水原さんは文芸部に入ってるから、先輩の六年生が噂を聞きつけて、何か言ってきたとか。それが迷惑だから、直接抗議に来たんじゃあ……と、想像が悪い方へとふくらむ。
「厚かましいかもしれないのだけれども――」
水原さんがそこまで言って、台詞が途切れる。彼女の視線が、廊下の外に向いていると気付いた。窓の開いている箇所から、廊下を行く二人の女子児童が私にも見えたけれど、知らない顔だった。多分、六年生だろう。学年は、校内で着ける決まりになっている名札の色で判別できる。ただ、今は西日が差し込んでいるおかげで、色がはっきりとは見えなかった。
その二人が通り過ぎてから、私は向き直った。
「水原さん?」
向き直ってもまだ続きが始まらないので、名前を呼ぶ。水原さんはそれでもまだ少し考える仕種を挟み、やっと口を開いた。
「――ごめんなさい。えっと……厚かましいというか、差し出がましいんですけど、勉強で分からないところがあるんだったら、私が教えられるかなと思って」
「ふぇ?」
びっくりしたあまり、反応が変な調子になってしまった。
点数が悪かったと知られているらしいことにも驚いたけど、それ以上に水原さんが私にそんな話を持ち掛けてくることに驚かされた。
「そ、それはありがたい話だけど……次の授業で説明があるし」
相田先生のやり方は決まってないけど、たいていは授業の終わりの方にテストを返却して、次の授業までにどこをどう間違えたのかをよく考えさせてから、正解を教えてくれるパターンだ。
「分からないことは早めに直した方が、身に付くと思う」
「そ、そうだね」
ここまで言ってくれてるのと、水原さんが何だか必死だったので、私は承知した。ランドセルを開けて、仕舞い込んだ答案用紙を出す。
「ここは単純な計算間違いだから……分かってないのはこことここ、なんだけど」
図形の問題と、文章問題が一つずつ。
水原さんは、座っている私と同じ向きになるよう移動し、私の答に目を通した。
「あとの方は惜しいよ。合っているのに問題の意味を取り違えている。この“若い方から並べなさい”の“若い方”っていうのは、生まれ月の数が小さいという意味じゃなくて、各人物の年齢のこと。だからあとから生まれた人ほど先に書く」
「あ、そうか。って、えー? 何それ、問題文が悪い!」
思わず抗議の声を上げた。
確かに私達の年齢だと、若いって聞いて、数の小さいってことを思い浮かべる方が少数派なのかな。
「言葉をよく知っている子ほど引っ掛かるか、悩むかすると思う。だから間違えても、恥ずかしいことじゃない」
「だよね」
言葉を知っている子と聞いて、不知火さんの顔がぽんと浮かんだ。不知火さんは正解したのかな。
「図形問題の方は、解き方がたくさんあるんだけど、佐倉さんのは何だか二つがごちゃ混ぜになったような……」
「えへへ。実は、書いているときに、混乱してました」
今回はあまり復習せずにテストに臨んだから、理屈で解くというよりも記憶に頼って解こうとしてしまった。その報い、というかしっぺ返しが、このこんがらがった解答なのよね。
「だったら、改めて私が説明しなくても?」
大丈夫?という語尾は省略されていたのが分かった。確かにそうかもしれなかったけれど、私は水原さんの教え方そのものに興味が湧いた。
「ううん、教えて」
ついつい、彼女の腕にすがるようにして、頼んでいた。
「……というようなことがあったよ」
翌日の放課後、クラブの時間になるのを待って、私は昨日の水原さんが突然、テストの解説をしてくれたことをみんなに話した。
本来の活動は、相田先生がいらっしゃってからでいいかと、時間潰しで始めたお喋りだった。で、話し終わってもまだ先生は現れない。
「一応言っておくと、このことは内緒だからね。特に森君」
「何で俺だけ特別に注意するんだよ」
椅子の背もたれを抱えるようにして座っていた森君は、上半身を起こして不満そうに抗議してきた。
「お喋りなのは女子の方だろ」
反論するにしても、わざわざ女VS男を煽るような言い方を選ぶ辺り、まだ青い、子供だわ。という私の気持ちが伝染したんじゃないだろうけど陽子ちゃんと朱美ちゃんが、百倍返しぐらいの口撃を瞬く間に返して、森君は沈黙させられた。中身に関しては、省略するよ。ちょっと下ネタっぽい表現が入ってたし。
つづく
バネ仕掛けのからくり人形か何かみたいに、勢いよく振り返っていた。机の上からランドセルを持ち上げようとしていたタイミングだったため、向きを換えた反動で、ランドセルが逆方向に飛び出しそうになった。慌てて手で押さえる。
「な、何かな」
このとき私の頭の中にぱっと浮かんだのは、サークル設立のために水原さんにも声を掛けようとしていたこと。どこかから噂話みたいにして水原さん自身に伝わっていたんじゃないかしら。水原さんは文芸部に入ってるから、先輩の六年生が噂を聞きつけて、何か言ってきたとか。それが迷惑だから、直接抗議に来たんじゃあ……と、想像が悪い方へとふくらむ。
「厚かましいかもしれないのだけれども――」
水原さんがそこまで言って、台詞が途切れる。彼女の視線が、廊下の外に向いていると気付いた。窓の開いている箇所から、廊下を行く二人の女子児童が私にも見えたけれど、知らない顔だった。多分、六年生だろう。学年は、校内で着ける決まりになっている名札の色で判別できる。ただ、今は西日が差し込んでいるおかげで、色がはっきりとは見えなかった。
その二人が通り過ぎてから、私は向き直った。
「水原さん?」
向き直ってもまだ続きが始まらないので、名前を呼ぶ。水原さんはそれでもまだ少し考える仕種を挟み、やっと口を開いた。
「――ごめんなさい。えっと……厚かましいというか、差し出がましいんですけど、勉強で分からないところがあるんだったら、私が教えられるかなと思って」
「ふぇ?」
びっくりしたあまり、反応が変な調子になってしまった。
点数が悪かったと知られているらしいことにも驚いたけど、それ以上に水原さんが私にそんな話を持ち掛けてくることに驚かされた。
「そ、それはありがたい話だけど……次の授業で説明があるし」
相田先生のやり方は決まってないけど、たいていは授業の終わりの方にテストを返却して、次の授業までにどこをどう間違えたのかをよく考えさせてから、正解を教えてくれるパターンだ。
「分からないことは早めに直した方が、身に付くと思う」
「そ、そうだね」
ここまで言ってくれてるのと、水原さんが何だか必死だったので、私は承知した。ランドセルを開けて、仕舞い込んだ答案用紙を出す。
「ここは単純な計算間違いだから……分かってないのはこことここ、なんだけど」
図形の問題と、文章問題が一つずつ。
水原さんは、座っている私と同じ向きになるよう移動し、私の答に目を通した。
「あとの方は惜しいよ。合っているのに問題の意味を取り違えている。この“若い方から並べなさい”の“若い方”っていうのは、生まれ月の数が小さいという意味じゃなくて、各人物の年齢のこと。だからあとから生まれた人ほど先に書く」
「あ、そうか。って、えー? 何それ、問題文が悪い!」
思わず抗議の声を上げた。
確かに私達の年齢だと、若いって聞いて、数の小さいってことを思い浮かべる方が少数派なのかな。
「言葉をよく知っている子ほど引っ掛かるか、悩むかすると思う。だから間違えても、恥ずかしいことじゃない」
「だよね」
言葉を知っている子と聞いて、不知火さんの顔がぽんと浮かんだ。不知火さんは正解したのかな。
「図形問題の方は、解き方がたくさんあるんだけど、佐倉さんのは何だか二つがごちゃ混ぜになったような……」
「えへへ。実は、書いているときに、混乱してました」
今回はあまり復習せずにテストに臨んだから、理屈で解くというよりも記憶に頼って解こうとしてしまった。その報い、というかしっぺ返しが、このこんがらがった解答なのよね。
「だったら、改めて私が説明しなくても?」
大丈夫?という語尾は省略されていたのが分かった。確かにそうかもしれなかったけれど、私は水原さんの教え方そのものに興味が湧いた。
「ううん、教えて」
ついつい、彼女の腕にすがるようにして、頼んでいた。
「……というようなことがあったよ」
翌日の放課後、クラブの時間になるのを待って、私は昨日の水原さんが突然、テストの解説をしてくれたことをみんなに話した。
本来の活動は、相田先生がいらっしゃってからでいいかと、時間潰しで始めたお喋りだった。で、話し終わってもまだ先生は現れない。
「一応言っておくと、このことは内緒だからね。特に森君」
「何で俺だけ特別に注意するんだよ」
椅子の背もたれを抱えるようにして座っていた森君は、上半身を起こして不満そうに抗議してきた。
「お喋りなのは女子の方だろ」
反論するにしても、わざわざ女VS男を煽るような言い方を選ぶ辺り、まだ青い、子供だわ。という私の気持ちが伝染したんじゃないだろうけど陽子ちゃんと朱美ちゃんが、百倍返しぐらいの口撃を瞬く間に返して、森君は沈黙させられた。中身に関しては、省略するよ。ちょっと下ネタっぽい表現が入ってたし。
つづく