第196話 ある意味、魔法

文字数 2,030文字

(わ、何てことを)
 頭を抱えた秀明へと振り向いたその“親切な”女子は、にかっと笑った。
「こんな美味しいネタをスルーできますか」
「ひどいなあ」
「中学のとき、佐倉君にはマジックで驚かされたからね。あれのお返しだと思ってあきらめて」
 言い置くと、彼女はさっさと言ってしまった。
(あれのお返し? みんなの前でマジックをやって驚かせた覚えはあるけれども、今みたいなお返しをされるようないわれは――あ、そうか)
 秀明は遅まきながら思い出した。さっきの女子にはマジックの手伝いをしてもらって、手の甲に密かにおもちゃの蜘蛛を引っ付けたことを。
「佐倉君、何ていう呼び出し方をしてくれるんですか」
 いつの間にやら目の前まで来ていた梧桐久美子が、抗議調も露わに上目遣いで凝視してきた。
「いやまあ、色々あって。過去の因縁というか何というか」
「……? わけが分かりません。今のでちょっと嫌いになりました」
「ごめん」
 即座に謝り、頭をきっちり下げた秀明。梧桐はびっくりしたのか、その場から数歩、横に飛んだ。秀明は教室の外、彼女は教室の中にいる状況で、片方が横に飛んだら柱が邪魔になってお互いがよく見えなくなった。
 さらに数人が教室を出たり入ったりしたので、しばらくそのままの状態で待つ形に。三十秒足らずが経過し、やっと話せるようになる。
「謝ってくれるのならいいです。もう問いません」
 あっさり許してくれた。秀明はほっと胸をなで下ろす思いを味わった。
 というのも、許してもらえた点については言うまでもないが、さっきの「ごめん」のあとに、「でも、ちょっと嫌いになったということは、まだ少しは好きだってことになるのかな」とか「ちょっとで済むんだ。じゃあ、まだ好きの方が上回ってると思っていていいかな」なんてフレーズが思い浮かんで、反射的に続けてしまうところだったのだ。よくぞ踏みとどまったぞ僕、と自賛する。
(どんなお客さんを相手にしても、マジックを最後までやりおおせられるように、アドリブを効かせる練習のつもりなんだけどな。気を引き締めていないと、本当にしゃべってしまいそうだ。危ない危ない)
 秀明のそんな心の動きを知らぬまま、梧桐は笑顔を取り戻し、言った。
「では行きましょうか」
「――どこへ?」
「着いて来れば分かります」
「あの、梧桐さん。僕と同じ一年生だよね?」
 前を行く彼女の後頭部、つむじ辺りに話し掛ける。
「はい。今の教室のプレート、見ていませんでした?」
「見たよ。で、同学年なんだから、もう少し砕けた会話にしない? 僕、こういうのって肩が凝りそうで苦手なんだよね」
「そう言われても、私は演劇部の交渉役として使命を帯びている身です。ここはきちっとした態度で臨みたいと」
「うん、分かる。責任重大なのは分かるよ。でもさ、僕はこうして聞く態度になっているわけだし、何も嫌がってないでしょ。むしろ、梧桐さんに固い感じでいられると、こちらとしても話に乗っていいものかどうか、ためらっちゃうよ」
「そうですか……私の口調や態度が原因で断られたとあっては、本末転倒です」
 ぴたりと立ち止まる梧桐。目的の場所に着いたのかと、秀明も少し後ろで歩みを止めた。が、そこは物置と化している第二理科準備室で、鍵がないと入れない。入れたとしても、ここで二人きりで話すのは密会をしているような雰囲気になるだろう、
「あの」
「分かりました」
 この部屋でいいのかと確認を取ろうとした秀明の声を無視して、あるいは聞こえなかったのか、梧桐は髪に手櫛を入れ、振り返りながら話を続けた。
「それでは佐倉君。念のために注意しておくわ」
 スカートの裾を翻し、百八十度方向転換したところでまともに向き合う形になる。
「私の色香に惑わされることなく、冷静で厳密な判断の下、私達演劇部からの協力依頼を受けるかどうかを決めてね」
「え」
 一瞬だが口をあんぐりとさせてしまった秀明。というのも、どちらかというと大人しい見た目の梧桐から「色香」なんて単語が出るだけでもちょっと意外だったのが、その上、彼女は本当に色香を増していたのだ。先ほどまでの梧桐に比べると、十倍ぐらい色気が匂い立つ、そんな雰囲気をまとっている。驚くのも当然である。
「返事は? 惑わされない自信があるかどうか」
 流し目で急かされた秀明の口から咄嗟に出たのは、「別人みたいだ」という答だった。
「――あは」
 すると梧桐、今度は目をくりくりっと丸くして、かわいらしい、というよりも幼い声を出した。
「ありがと。演劇部員に対して最高の褒め言葉として受け取っておくよ。うれしいな。それで、惑わされない自信は?」
「……君の抽斗がどれほどあるのかが分からないから、答えようがないよ」
 秀明はかいてもいない汗を拭う動作をしていた。こんなに驚かされるのは久しぶりだ。マジックとは違う驚きに満ちている。
「そうね。私も佐倉君の好みのタイプを教えてもらえたなら、その理想に近付けて、落とす自信はあるのよ」

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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