第86話 エルムズレイ外の悪夢

文字数 1,363文字

「はぁい」
 てっきりテクニックを言われるんだと思っていたのに、まさかの演技指導なんて不意打ちだよ、シュウさん。
「赤いカードばかり、四枚ありますね?」
 今度はエルムズレイカウントをやってから、言葉で状況を念押しする。シュウさんは「『うんうん』」とお客の役を続けた。
「ところがこうしてカードを一度弾くと――」
 裏向きにカードを束ね、一番上を人差し指で強く叩き、乾いた音をさせた。それから全体をひっくり返し、広げながら表を見せると、一枚がスペードのエースになっている。
「おー、手際自体は結構よくなったじゃないか。以前は、手元ばかり気にしすぎだったのが、だいぶ解消された」
「そ、そうかな?」
 ほめられちゃった。これまた予想していなかったから、照れる。
「だとしたら、シュウさんが最初に演技のことを注意してくれて、そっちをがんばろうって思えたからだわ、きっと」
「よかった。僕の指導もまんざらでもないね」
 シュウさんも満足げ。ひょっとしたら六月から私達を指導するのに、多少は不安もあったのかな。今のがいい予行演習になったのなら、私も嬉しい。
「よし、第一回はカウントをメインにしようか。基本的なテクニックで応用が利くし、色んなバリエーションがあるから、時間が余っても話を続けやすい」
「うん。私もまだまだ下手で、復習になるからちょうどいい」
「基本的で思い出したけど、スプレッドとターンオーバーは、みんなどんな具合だった?」
「やり始めたばかりだから、何とも言えない。あ、つちりん――土屋さんは占いでカードの扱いに慣れているのかも。最初は全然だめなのに、急にうまくなる感じ」
 前のクラブ授業を思い起こしながら、他のみんなについても印象を述べてみる。
「陽子ちゃんは慎重というか、きっちりしたいのかな。スプレッドもきれいに同じ間隔で広がらないと、気に食わないみたい」
「こだわりの人だね。まるで職人タイプだ」
「朱美ちゃんは飽きっぽいところがあるというか……集中力が長くは続かない感じかなあ。でもうまく行かないのは癪に障るって言って、また始めるんだけど。
 森君は……あんまり見てなかったから分からない。黙々とやってた」
「女子ばっかりのところに一人だけ男子だと、そうなってもおかしくないね」
「シュウさんが来てくれるようになったら、ちょっとは変わるね」
「さて、どうかな。いい方に変わってくれればいいんだけど」
 どういう意味? 男の人が増えるんだったら、いい方しかないでしょ。小首を傾げつつ、話を続ける。えっと、次は。
「不知火さんは、前もって本で読んで色々知ってるんだと思う。練習しながら、これがどんなマジックに使えるのか、考えている様子だよ。バリエーションについて何にも言わない内から、ターンオーバーを左右二つに分けて、真ん中で波がぶつかる形にトライしてた」
「ふうん。ちょっと意外だな。マジックの道具や新しくマジックを考えるのに興味があるみたいだ。そういうのは水原って子の方がありそうだと思ってた」
「水原さんは間違いなく、現象と仕組みに興味持ってる。私がお手本でやってみせたら、みんながいるときはそんなことないんだけど、一対一のときだと、手を伸ばしてきてカードに触れたり、色々聞いてきたり」

 つづく

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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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