第17話 知らない道を歩いてみたい
文字数 2,843文字
さて、今度は私から電話を掛けまくらなくっちゃ。少し迷って……一番予定が掴めていない森君を最初にしようかな。
先生には気後れする質だけど、クラスメートなら男女問わずにまあ大丈夫。でも電話を掛けて初めに家族の人に出られるのは、ちょっと苦手。
そこまで考えて、窓の外に視線が行く。曇り空で気温もそんなに上がらない。降らないのであれば、外出に都合がいいとも言えるよね。みんなの住所も知っておきたいし。
ようし、お家に行ったことのない森君と不知火さんには、直接出向いて聞いてみよう。
あ、実は、つちりんのとこにも行ったことないんだけど、旅行中なので今日はしょうがない。
予定を変更して直に訪ねるとなると、時間が掛かる。お昼を食べてからにした。
訪ねる順番も森君トップをやめて、先に不知火さんのところからにした。そうした方が回りやすいと思ったから。
え? 訪ねる先は二軒だけなんだから、どちらを先にしても一緒? 平面で考えればそうだろうけど、自転車で行く場合、坂道を考えると、私は元気な前半の内に上り坂を通りたいな。ということで、不知火さんが先。
昨日別れた分岐点まで行き、いつもは行かない道に入る。そして川が見えるまで直進。突き当たったら、川沿いに上流へ向けて自転車を漕ぐ。
「結構遠い……というか、もっと短縮ルートがあると思う……」
上り坂というのもあるけれど、もう呼吸が早くなった。喋ると余計に苦しいと分かっているのに、ついつい言っちゃう。
「……あっ!」
昨日は不知火さん、私に少しでも長く付き合おうとしてくれたのかな。それで普段は遠回りなる、あの分岐点まで来てくれた……?
想像でしかないけど、勝手にニマニマしてしまう。到着するまでに、表情を直さないと。
それから五分ぐらいして、不知火さんちを見付けた。
「大きい」
私は左から右へと、視線を流した。横に広いっていう感じの日本家屋だった。門も大きくて立派だし、デザインは古めかしくも重々しい。庭にはきっと枯山水があるんじゃあ……と空想が膨らむ。
その大きな門の前に立ち、呼び鈴を探したが見付からない。
と思ったら、私が真ん中の方に寄りすぎていただけで、左側に行ってよく見ると、黒っぽいボタンにスピーカー、カメラのレンズらしき物が見付かった。意匠を凝らしてるっていうのかしら、門の彫り物に溶け込みそうなインターホンだわ。
ボタンを押すと、思っていたよりも早く、声が聞こえてきた。
「どちらさまでしょう?」
「え、あの、私、遥さんのクラスメートで佐倉萌莉と言います。遥さんに用事があって、来たのですが」
「――うふふ。私の声だと気付いてくれないのね」
急に笑い声になったからびっくりして、さらに不知火さん本人の声だと知り、もっとびっくり。
「不知火さん? もう、人が悪いよ」
「レンズがあるの、見えてますよね? カメラで見ているのですから、最初からあなただと分かっていました。どちらさまでしょうと聞いてきた時点で、おかしいと思わなければ」
「ああ、そうか。だよねー」
やられた。学校の外ではこういう人なのね、不知火さんて。
でも、すました顔で人を引っ掛ける――これってマジシャン向きかも?
そんなことを考えていると、門が開けられた。さすがに電動リモコンで開閉じゃなく、お手伝いさん的な人が出て来るのでもなく、不知火さん本人が現れた。どこかほっとする。
「ようこそ」
「いきなり来てごめんね。手土産も何もないけど、大丈夫?」
「祖父が居ますが、お休みの時間ですから、挨拶などは無用ですから、遠慮や緊張はいりません」
中へと招かれると、立派な石畳が。玄関まで距離がある。
「ご両親は?」
「仕事です。祖母は日帰りでバス旅行に出掛けました。どうぞ」
「お邪魔します……。大変だね」
「仕事のことですか。父や母は好きでやっているみたいですから」
上がり框とか土間とか言ってはいけないような玄関で、靴を脱ぐ。スリッパまで高そうに見えてきた。頭を振って、気持ちを切り替える。
「うん、そこじゃなくて、不知火さん、お留守番でしょ。こんな広い家に。おじいさんが居るということは、食事の準備も不知火さんが?」
「たいていは母の用意した物を温める程度です。広さは大変なこともありますが。掃除や、雨が降り出したときの戸締まりとか。――佐倉さん、ぐいぐい来ますね」
「そ、そう? 大きなお屋敷を見て、興奮してるかも」
玄関で、いや、門の前で用事を済ませることだってできたのに、上がり込んでしまった。
左右にふすまがトトトって感じで続く長い廊下を進んで、途中で左に曲がって、不知火さんの部屋に通された。この一角は洋室だわ。
「――わぁ、本だ」
背の高い本棚と、そこを埋め尽くす本、本、本。そんな本棚がいくつもあって、壁をほぼ埋め尽くしている。
空いているスペースには、カレンダーが掛けられていて、その上に古い雰囲気の人物ポスターが一枚。誰だか分からない。
「こんなに本があるのに、学校でも本を読んでて――目が悪くならない?」
「読書の頻度と視力の衰えが比例するという科学的な根拠を、私は知りません。現に、最近測った私の視力は左右とも1.5です」
ちょっと眠たげだった目をぱっちり開いて、不知火さんはそう主張した。
「何の御用か分かりませんが、お茶を入れてきます。しばらく離れますが、部屋の中の物を触るのはかまいません。触ったら、元の場所に戻すようにお願いします」
「うん。触らないよ」
と言った矢先、本棚に一冊だけ、記述の本があるのに気付いた。分厚くて、私が知らない本だ。
「あ、あれ見てみていい?」
「……ですから、元に戻しさえすれば」
これだけ言えば分かるでしょうとばかりに、不知火さんはすっと出て行った。
私はすぐに本棚に駆け寄り、目を付けた奇術の専門書を手に取った。お、重たい。
立ったままではとても落ち着いて読めそうにない。部屋の中を見回し、床に座ってもいいのだと判断した。
その本は外国の奇術専門書を翻訳しつつ、分かり易く補足説明を付けた物で、序文こそやたらと堅苦しかったけれども、本文は図が多く、平易な文章で構成されてた。
数ページ読み進んだだけで、たちまち欲しくなる。指でページをキープしつつ、いくらするんだろうと本全体をひっくり返してみた。
――高い!
ひょっとしたら、実際に声に出して叫んでいたかも。
「こんなの買ってもらえるんだ。いいなあ」
うらやましさのあまり独り言を言っていると、不知火さんが戻ってきた。
「お待たせ。レモンティーをと考えていたのですが、よいレモンを切らしていたので、ノーマルな紅茶になりました」
「ありがとう。何か、すっごくいい香りがする」
私ってマジック以外のことでは単純だから、イギリスを連想していた。そこからが全然広がらない~。
つづく
先生には気後れする質だけど、クラスメートなら男女問わずにまあ大丈夫。でも電話を掛けて初めに家族の人に出られるのは、ちょっと苦手。
そこまで考えて、窓の外に視線が行く。曇り空で気温もそんなに上がらない。降らないのであれば、外出に都合がいいとも言えるよね。みんなの住所も知っておきたいし。
ようし、お家に行ったことのない森君と不知火さんには、直接出向いて聞いてみよう。
あ、実は、つちりんのとこにも行ったことないんだけど、旅行中なので今日はしょうがない。
予定を変更して直に訪ねるとなると、時間が掛かる。お昼を食べてからにした。
訪ねる順番も森君トップをやめて、先に不知火さんのところからにした。そうした方が回りやすいと思ったから。
え? 訪ねる先は二軒だけなんだから、どちらを先にしても一緒? 平面で考えればそうだろうけど、自転車で行く場合、坂道を考えると、私は元気な前半の内に上り坂を通りたいな。ということで、不知火さんが先。
昨日別れた分岐点まで行き、いつもは行かない道に入る。そして川が見えるまで直進。突き当たったら、川沿いに上流へ向けて自転車を漕ぐ。
「結構遠い……というか、もっと短縮ルートがあると思う……」
上り坂というのもあるけれど、もう呼吸が早くなった。喋ると余計に苦しいと分かっているのに、ついつい言っちゃう。
「……あっ!」
昨日は不知火さん、私に少しでも長く付き合おうとしてくれたのかな。それで普段は遠回りなる、あの分岐点まで来てくれた……?
想像でしかないけど、勝手にニマニマしてしまう。到着するまでに、表情を直さないと。
それから五分ぐらいして、不知火さんちを見付けた。
「大きい」
私は左から右へと、視線を流した。横に広いっていう感じの日本家屋だった。門も大きくて立派だし、デザインは古めかしくも重々しい。庭にはきっと枯山水があるんじゃあ……と空想が膨らむ。
その大きな門の前に立ち、呼び鈴を探したが見付からない。
と思ったら、私が真ん中の方に寄りすぎていただけで、左側に行ってよく見ると、黒っぽいボタンにスピーカー、カメラのレンズらしき物が見付かった。意匠を凝らしてるっていうのかしら、門の彫り物に溶け込みそうなインターホンだわ。
ボタンを押すと、思っていたよりも早く、声が聞こえてきた。
「どちらさまでしょう?」
「え、あの、私、遥さんのクラスメートで佐倉萌莉と言います。遥さんに用事があって、来たのですが」
「――うふふ。私の声だと気付いてくれないのね」
急に笑い声になったからびっくりして、さらに不知火さん本人の声だと知り、もっとびっくり。
「不知火さん? もう、人が悪いよ」
「レンズがあるの、見えてますよね? カメラで見ているのですから、最初からあなただと分かっていました。どちらさまでしょうと聞いてきた時点で、おかしいと思わなければ」
「ああ、そうか。だよねー」
やられた。学校の外ではこういう人なのね、不知火さんて。
でも、すました顔で人を引っ掛ける――これってマジシャン向きかも?
そんなことを考えていると、門が開けられた。さすがに電動リモコンで開閉じゃなく、お手伝いさん的な人が出て来るのでもなく、不知火さん本人が現れた。どこかほっとする。
「ようこそ」
「いきなり来てごめんね。手土産も何もないけど、大丈夫?」
「祖父が居ますが、お休みの時間ですから、挨拶などは無用ですから、遠慮や緊張はいりません」
中へと招かれると、立派な石畳が。玄関まで距離がある。
「ご両親は?」
「仕事です。祖母は日帰りでバス旅行に出掛けました。どうぞ」
「お邪魔します……。大変だね」
「仕事のことですか。父や母は好きでやっているみたいですから」
上がり框とか土間とか言ってはいけないような玄関で、靴を脱ぐ。スリッパまで高そうに見えてきた。頭を振って、気持ちを切り替える。
「うん、そこじゃなくて、不知火さん、お留守番でしょ。こんな広い家に。おじいさんが居るということは、食事の準備も不知火さんが?」
「たいていは母の用意した物を温める程度です。広さは大変なこともありますが。掃除や、雨が降り出したときの戸締まりとか。――佐倉さん、ぐいぐい来ますね」
「そ、そう? 大きなお屋敷を見て、興奮してるかも」
玄関で、いや、門の前で用事を済ませることだってできたのに、上がり込んでしまった。
左右にふすまがトトトって感じで続く長い廊下を進んで、途中で左に曲がって、不知火さんの部屋に通された。この一角は洋室だわ。
「――わぁ、本だ」
背の高い本棚と、そこを埋め尽くす本、本、本。そんな本棚がいくつもあって、壁をほぼ埋め尽くしている。
空いているスペースには、カレンダーが掛けられていて、その上に古い雰囲気の人物ポスターが一枚。誰だか分からない。
「こんなに本があるのに、学校でも本を読んでて――目が悪くならない?」
「読書の頻度と視力の衰えが比例するという科学的な根拠を、私は知りません。現に、最近測った私の視力は左右とも1.5です」
ちょっと眠たげだった目をぱっちり開いて、不知火さんはそう主張した。
「何の御用か分かりませんが、お茶を入れてきます。しばらく離れますが、部屋の中の物を触るのはかまいません。触ったら、元の場所に戻すようにお願いします」
「うん。触らないよ」
と言った矢先、本棚に一冊だけ、記述の本があるのに気付いた。分厚くて、私が知らない本だ。
「あ、あれ見てみていい?」
「……ですから、元に戻しさえすれば」
これだけ言えば分かるでしょうとばかりに、不知火さんはすっと出て行った。
私はすぐに本棚に駆け寄り、目を付けた奇術の専門書を手に取った。お、重たい。
立ったままではとても落ち着いて読めそうにない。部屋の中を見回し、床に座ってもいいのだと判断した。
その本は外国の奇術専門書を翻訳しつつ、分かり易く補足説明を付けた物で、序文こそやたらと堅苦しかったけれども、本文は図が多く、平易な文章で構成されてた。
数ページ読み進んだだけで、たちまち欲しくなる。指でページをキープしつつ、いくらするんだろうと本全体をひっくり返してみた。
――高い!
ひょっとしたら、実際に声に出して叫んでいたかも。
「こんなの買ってもらえるんだ。いいなあ」
うらやましさのあまり独り言を言っていると、不知火さんが戻ってきた。
「お待たせ。レモンティーをと考えていたのですが、よいレモンを切らしていたので、ノーマルな紅茶になりました」
「ありがとう。何か、すっごくいい香りがする」
私ってマジック以外のことでは単純だから、イギリスを連想していた。そこからが全然広がらない~。
つづく