第72話 代用品
文字数 1,780文字
午前中は理科の屋外観察に体育にと、あっという間に実感が過ぎて、昼休みを迎えた。給食をいつもより早く済ませた私は、先生の机に向かった。ちなみに、マジックサークルのことで先生に用事があることは、同じクラスにいる陽子ちゃん達メンバーには伝えている。
「もうちょっとゆっくりでもよかったんだが。ま、さっさと済ませるかな」
手をはたきながら立ち上がった先生は、その台詞の通り普段に比べると足早に廊下へ出た。私も急いで追う。
「どこ行くんですか」
「あーっと、あそこは何ていう部屋なんだろ。着いてくれば分かるとしか言えないな」
「使われてない場所?」
「使われてないっつうか、物置みたいなもんだな」
先生に着いていくと、まだ一度も通ったことのない通路に差し掛かった。本当に、長い間使われていない雰囲気が出て来たような。廊下側の窓ガラスから見える室内は暗く、カーテンが閉じられたままだと分かる。そんなスペースを二つ三つ通り過ぎて、四つ目の部屋。そのドアの前で相田先生は立ち止まった。ドアは横滑りする戸ではなくて、ノブの付いた扉だ。
ポケットに手を入れ、鍵を取り出し、ノブの上の鍵穴に差し込む先生。いきなり「かたっ」と言うから何かと思ったら、鍵の回り具合が固かったということみたい。ドアは問題なく開いた。かすかなきしみを立てて、内側へ押し開く。
「何なんですか、ここ」
先生は先に入ったけれども、私は扉のところで立ち止まって、首から上だけで覗き込んだ。何となく湿っぽく、カビっぽいような。
中は床の高さがに二つに分かれていて、中程から奥が一段高くなっている。手前側にはソファーが四脚にテーブル、チェスト。書類をたくさん入れられるロッカーみたいな棚。奥は畳敷きのスペースに、少しへこみのあるやかん。黄ばんだ、というよりも茶色がかったカレンダー。逆に妙に真っ白な半紙には“正月”と筆で書かれている。教室と同じ丸形の壁掛け時計は、動いていないみたいだ。そういった品々が所によっては乱雑に、また別の所では昔そのままって雰囲気で置かれている。
「宿直室だ。佐倉の入学した頃はもうこの学校ではなかったと思うけど、以前は先生が学校に泊まり込みで何やかやしてたんだよ。その名残。名残って分かるか?」
何となくだけど分かるので、頷いておく。
「で、暇なときには、暇な先生を呼んで、ここで遊んだらしいんだ」
相田先生は「どこだっけな。確か見た覚えが……」と節を付けてぶつぶつ言いつつ、棚の方に近付いていく。
「お。これかな」
出入り口からは見えない、棚の陰に手を伸ばし、何やら丸めた物を引っ張り出してきた。足拭きマットぐらいのサイズで、片面は茶色、もう片面は緑色をしている。
「あ、言うのを忘れてたが、佐倉、トランプを持ってきているか」
「はい。ここに」
取り出して見せてから、私は「それ何なんですか。いい加減、教えてよ先生」とねだった。
先生は机の上をざっと払うと、さっき引っ張り出してきた物を上に敷いた。
「麻雀て知ってるか? それに使うマットだ。緑が表」
「宿直のとき使った物を、そのまま置いていたってことですか」
私が真っ先に思ったのは、マジックのマットとして使えるかどうか以前に、汚れとか匂いとか大丈夫かな?てことだった。部屋にちゃんと入り、近付いてからようく見る。ぱっと見た目は、緑色が鮮やかで、染みができたり穴があいたりはしていない。
「ちょっと型が付いて丸まってるが、これは割といい代物だから、少し押さえてやれば、すぐに平らになる」
先生の言葉の通り、最初は上向き(内向き)に反り返っていた端が、手で押さえつけていると段々と元に戻っていく。
先生はハンカチを使って、緑の面を何度か拭いた。
「これで大丈夫だろ」
「先生、窓、開けようよ」
私達が動き回ったせいなのか、ほこりが目に見えて舞っている。ドアの方を開け放したぐらいでは、換気にならない。
「そうしたいところだが、錆びたのか、固くて開かないって聞いてる。まあ、やってみるから、佐倉はトランプで試してみてくれ」
それならいっそ、マットを別の部屋に運んだ方がいいのではないかしらと思ったけれども、相田先生が窓ガラスの入ったサッシと格闘を始めたので、とりあえず私もトランプを出した。
つづく
「もうちょっとゆっくりでもよかったんだが。ま、さっさと済ませるかな」
手をはたきながら立ち上がった先生は、その台詞の通り普段に比べると足早に廊下へ出た。私も急いで追う。
「どこ行くんですか」
「あーっと、あそこは何ていう部屋なんだろ。着いてくれば分かるとしか言えないな」
「使われてない場所?」
「使われてないっつうか、物置みたいなもんだな」
先生に着いていくと、まだ一度も通ったことのない通路に差し掛かった。本当に、長い間使われていない雰囲気が出て来たような。廊下側の窓ガラスから見える室内は暗く、カーテンが閉じられたままだと分かる。そんなスペースを二つ三つ通り過ぎて、四つ目の部屋。そのドアの前で相田先生は立ち止まった。ドアは横滑りする戸ではなくて、ノブの付いた扉だ。
ポケットに手を入れ、鍵を取り出し、ノブの上の鍵穴に差し込む先生。いきなり「かたっ」と言うから何かと思ったら、鍵の回り具合が固かったということみたい。ドアは問題なく開いた。かすかなきしみを立てて、内側へ押し開く。
「何なんですか、ここ」
先生は先に入ったけれども、私は扉のところで立ち止まって、首から上だけで覗き込んだ。何となく湿っぽく、カビっぽいような。
中は床の高さがに二つに分かれていて、中程から奥が一段高くなっている。手前側にはソファーが四脚にテーブル、チェスト。書類をたくさん入れられるロッカーみたいな棚。奥は畳敷きのスペースに、少しへこみのあるやかん。黄ばんだ、というよりも茶色がかったカレンダー。逆に妙に真っ白な半紙には“正月”と筆で書かれている。教室と同じ丸形の壁掛け時計は、動いていないみたいだ。そういった品々が所によっては乱雑に、また別の所では昔そのままって雰囲気で置かれている。
「宿直室だ。佐倉の入学した頃はもうこの学校ではなかったと思うけど、以前は先生が学校に泊まり込みで何やかやしてたんだよ。その名残。名残って分かるか?」
何となくだけど分かるので、頷いておく。
「で、暇なときには、暇な先生を呼んで、ここで遊んだらしいんだ」
相田先生は「どこだっけな。確か見た覚えが……」と節を付けてぶつぶつ言いつつ、棚の方に近付いていく。
「お。これかな」
出入り口からは見えない、棚の陰に手を伸ばし、何やら丸めた物を引っ張り出してきた。足拭きマットぐらいのサイズで、片面は茶色、もう片面は緑色をしている。
「あ、言うのを忘れてたが、佐倉、トランプを持ってきているか」
「はい。ここに」
取り出して見せてから、私は「それ何なんですか。いい加減、教えてよ先生」とねだった。
先生は机の上をざっと払うと、さっき引っ張り出してきた物を上に敷いた。
「麻雀て知ってるか? それに使うマットだ。緑が表」
「宿直のとき使った物を、そのまま置いていたってことですか」
私が真っ先に思ったのは、マジックのマットとして使えるかどうか以前に、汚れとか匂いとか大丈夫かな?てことだった。部屋にちゃんと入り、近付いてからようく見る。ぱっと見た目は、緑色が鮮やかで、染みができたり穴があいたりはしていない。
「ちょっと型が付いて丸まってるが、これは割といい代物だから、少し押さえてやれば、すぐに平らになる」
先生の言葉の通り、最初は上向き(内向き)に反り返っていた端が、手で押さえつけていると段々と元に戻っていく。
先生はハンカチを使って、緑の面を何度か拭いた。
「これで大丈夫だろ」
「先生、窓、開けようよ」
私達が動き回ったせいなのか、ほこりが目に見えて舞っている。ドアの方を開け放したぐらいでは、換気にならない。
「そうしたいところだが、錆びたのか、固くて開かないって聞いてる。まあ、やってみるから、佐倉はトランプで試してみてくれ」
それならいっそ、マットを別の部屋に運んだ方がいいのではないかしらと思ったけれども、相田先生が窓ガラスの入ったサッシと格闘を始めたので、とりあえず私もトランプを出した。
つづく