第168話 種明かし用とは言っても真剣勝負
文字数 1,690文字
「反対の手に、よ。どちらの手とは言わないけど、うまく行ったら片方は三枚、もう片方は一枚に変化しているっていうもの」
普通、マジシャンはこれからどんなマジックをやるのかを観客に前もって説明なんかしない。説明しちゃったら、驚きが著しく減じられるに決まってるから。だけど今からやろうとしている演目は、あらかじめ説明するしかない。
「結構難しいので、失敗するかもしれない。そのときは温かい目で見てね」
「そうですね、コインは生暖かくなっていますしね」
不知火さんがぽつりと言った。ジョ、ジョークなのかな?
戸惑ったものの、もうマジックの流れはできているので、中断することなくいっちゃおう。
私は肘を曲げて、胸辺りの高さに左右の腕を構えた。もちろん手のひらは上向き。ただし、手はゆっくりと握って、コインを見えなくする。
「ようく、見ていて。では、行きます」
言うと同時に、手首を返す。
次の瞬間、コインが一枚飛んで――床に転がった。
「あっ?」
近くで見ていたつちりんが最初に叫び、続いて森君や朱美ちゃんも。陽子ちゃんは若干、気まずそうに口元をゆがめている。不知火さんは宙で肘をつき、先生はうでぐみをして、それぞれ成り行きを見守る風だ。そして水原さんは、ちょうど足下に転がってきたコインに手を伸ばし、拾った。
「拾っていいんだよね?」
「う、うん」
私は予定通り、応じた。
「ごめん、ちょっと……もう一回やるから、コインを戻してほしい」
左手を水原さんの方に差し出し、手のひらに残るコインを落とさないように押さえながら、薬指と小指だけ開く。水原さんがそのスペースから拾った五百円硬貨を入れてくれた。
「これでいい?」
「うん、ありがとう。では気を取り直して、もう一回」
今度も手を握ったまま、手首を返す。両方の手の甲が上を向いたところで、私はみんなを見た。
「さあ、今、手の中の五百円玉の枚数は、どうなっているでしょうか?」
「飛ばなかったように見えたよ」
つちりんがすかさず答える。
「ということは、右手に二枚、左手に二枚?」
「そうなるわよね」
つちりんに確かめたあと、私は他の人にも聞いた。
「みんなは? 違うっていう意見の人、いますか」
「マジック的には変化してるに決まってるけど、そういうのはなしなんだよな」
森君がさっきと同じように言った。
「もちろん。そう言うからには、森君も左右とも元のまま、二枚ずつだと思ってるのね」
「思ってる。正確に言うなら、コインが飛ぶところは見えなかった、だけどな」
森君、やっぱり観察眼があると思う。答に結び付けられないだけで、ちゃんと見えてるんだよね。要警戒だわ。
このあと、陽子ちゃん、朱美ちゃんと聞いていったけど、二人ともつちりんと同じ答。
「最初に落とすから嫌な感じがしたけど、これで硬貨が移動していたら、大成功だと認めてあげる」
これは陽子ちゃん。朱美ちゃんの方は「断言するわ、お金は飛んでいない!」と言い切った。
さて、ここからが今の時点で私が特に警戒すべき三人だ。まずは……先生。
「相田先生はどうでしたか」
「うーん、大人として穿った見方はあるが、それがどういう意味なのかは分からん。とりあえず、二度目のときに硬貨は飛ばなかったように思う」
「つまり、両手に二枚ずつコインがある、でいいですね?」
「そうなるなあ。でも間違ってるんだろうな」
第一関門突破。次は水原さんだ。推理小説を考える頭脳に加えて、彼女にコインを拾ってもらったのはちょっとだけ誤算だった。できることなら、つちりんか陽子ちゃんに拾ってもらうのがベストだったんだけど、うまく転がらなかったのよね。
「……録画してリプレイがあれば、何か言えるかもしれない。なーんとなく、違和感があったんだけど、分からない。見たままで答えるんなら、二枚ずつ入っているとしか思えないわ」
「ありがと。じゃ、最後に不知火さん」
マジックの本を今でも継続的に読んでいるみたいだし、考えることは得意だし、目下の最大の強敵が不知火さんだ。
つづく
普通、マジシャンはこれからどんなマジックをやるのかを観客に前もって説明なんかしない。説明しちゃったら、驚きが著しく減じられるに決まってるから。だけど今からやろうとしている演目は、あらかじめ説明するしかない。
「結構難しいので、失敗するかもしれない。そのときは温かい目で見てね」
「そうですね、コインは生暖かくなっていますしね」
不知火さんがぽつりと言った。ジョ、ジョークなのかな?
戸惑ったものの、もうマジックの流れはできているので、中断することなくいっちゃおう。
私は肘を曲げて、胸辺りの高さに左右の腕を構えた。もちろん手のひらは上向き。ただし、手はゆっくりと握って、コインを見えなくする。
「ようく、見ていて。では、行きます」
言うと同時に、手首を返す。
次の瞬間、コインが一枚飛んで――床に転がった。
「あっ?」
近くで見ていたつちりんが最初に叫び、続いて森君や朱美ちゃんも。陽子ちゃんは若干、気まずそうに口元をゆがめている。不知火さんは宙で肘をつき、先生はうでぐみをして、それぞれ成り行きを見守る風だ。そして水原さんは、ちょうど足下に転がってきたコインに手を伸ばし、拾った。
「拾っていいんだよね?」
「う、うん」
私は予定通り、応じた。
「ごめん、ちょっと……もう一回やるから、コインを戻してほしい」
左手を水原さんの方に差し出し、手のひらに残るコインを落とさないように押さえながら、薬指と小指だけ開く。水原さんがそのスペースから拾った五百円硬貨を入れてくれた。
「これでいい?」
「うん、ありがとう。では気を取り直して、もう一回」
今度も手を握ったまま、手首を返す。両方の手の甲が上を向いたところで、私はみんなを見た。
「さあ、今、手の中の五百円玉の枚数は、どうなっているでしょうか?」
「飛ばなかったように見えたよ」
つちりんがすかさず答える。
「ということは、右手に二枚、左手に二枚?」
「そうなるわよね」
つちりんに確かめたあと、私は他の人にも聞いた。
「みんなは? 違うっていう意見の人、いますか」
「マジック的には変化してるに決まってるけど、そういうのはなしなんだよな」
森君がさっきと同じように言った。
「もちろん。そう言うからには、森君も左右とも元のまま、二枚ずつだと思ってるのね」
「思ってる。正確に言うなら、コインが飛ぶところは見えなかった、だけどな」
森君、やっぱり観察眼があると思う。答に結び付けられないだけで、ちゃんと見えてるんだよね。要警戒だわ。
このあと、陽子ちゃん、朱美ちゃんと聞いていったけど、二人ともつちりんと同じ答。
「最初に落とすから嫌な感じがしたけど、これで硬貨が移動していたら、大成功だと認めてあげる」
これは陽子ちゃん。朱美ちゃんの方は「断言するわ、お金は飛んでいない!」と言い切った。
さて、ここからが今の時点で私が特に警戒すべき三人だ。まずは……先生。
「相田先生はどうでしたか」
「うーん、大人として穿った見方はあるが、それがどういう意味なのかは分からん。とりあえず、二度目のときに硬貨は飛ばなかったように思う」
「つまり、両手に二枚ずつコインがある、でいいですね?」
「そうなるなあ。でも間違ってるんだろうな」
第一関門突破。次は水原さんだ。推理小説を考える頭脳に加えて、彼女にコインを拾ってもらったのはちょっとだけ誤算だった。できることなら、つちりんか陽子ちゃんに拾ってもらうのがベストだったんだけど、うまく転がらなかったのよね。
「……録画してリプレイがあれば、何か言えるかもしれない。なーんとなく、違和感があったんだけど、分からない。見たままで答えるんなら、二枚ずつ入っているとしか思えないわ」
「ありがと。じゃ、最後に不知火さん」
マジックの本を今でも継続的に読んでいるみたいだし、考えることは得意だし、目下の最大の強敵が不知火さんだ。
つづく