第240話 看破と思わぬ助け船

文字数 2,069文字

「あ、片方だけでいい」
 注意を促すと、七尾さんは「じゃ、右」と言って、左手の方を降ろした。
「その右手のハサミで、人形につながっている見えない糸を、切ってくれる?」
「……お安いご用」
 種を見破るべく、脳細胞がフル回転しているのかしら。しゃべり方一つ取っても、凄く慎重というか探り探りというか、とにかく警戒している。そうした抜け目のない視線を、私の手や人形に送ってくる七尾さん。
「切るって、こう?」
 溜めの時間を取ることなく、七尾さんは私の右手と人形との間、そのほんとの中程で、チョキを閉じた。
 私はタイミングを合わせ、手の力を抜いた。
「あ」
 ミニわら人形がぱたりと倒れる。私は用意していたおとぼけの台詞を言う。
「見えないのに、一発で切っちゃったね」
「……もう一回、いい?」
 七尾さんは表情からほとんど笑みを消している。マジック二つ目にして、やり返せるかな? 私はちょっとだけ考え、
「まだ続きがあるんだよ」
 と言った。最初からやり直すとばれる可能性が格段に大きくなっちゃう。なので、このまま予定した通りに続けることにした。
「切ってしまったから、もう糸には頼れない。でも、一度でも立ち上がったわら人形は、やり方を覚えてるの。つまり糸がなくたって、ほら、こうして」
 右手で何かパワーを送るっぽいポーズ。五秒もすると、ミニわら人形がよっこらしょという風に起き上がった。
「凄い凄い」
 水原さんやつちりんが歓声を上げた。他のサークルメンバーも感心してくれているのが分かる。でも七尾さんはというと押し黙って、考えるモードにすっかり入っていったみたい。
 彼女の目力のある視線が気になるけれども、ここで打ち切るのはフェアじゃない。私は右手を拳にして、念を送る身振り手振りをしながら、人形に近付けたりまた離れたりを繰り返す。その動きに連動するかのように、ミニわら人形がふらふらと起き上がりかけては傾き、また起き上がりかけては傾くを何度かした。
 そうしてしめの台詞を言おうとしたとき、七尾さんが口を開いた。
「あなた……まさかと思うけど。ちょっと信じられないことやってる?」
「――どういう意味?」
「それに答える前に一つ、質問していい? 質問というより、リクエストなんだけど」
「どうぞ」
「その藁人形を手のひらじゃなくて、机の上に置いても、同じ現象を起こせる?」
「……工夫すればできなくはないけれど、今は無理ね。どうやらもう分かってしまったみたい」
「えっ、やっぱりこれで当たりなんだ? その、僕みたいな女子が言うのもおかしいかもだけど、この手品の種って、女子がやるのは男子がやるよりも勇気がいるんじゃないのかな」
 どき。
 この言い方は完全に見破っていると思う。私は平静を装って、「どういうこと? 何が言いたいのか、分かるように話してください」と求めた。
「そうだね……僕の勘が当たっていたとしても、この手品はやりたくないな」
「だからその勘を説明して」
「ごめんなさい、じらすつもりはなかったんだけど、これを知ったら、あなたのことを好きな男子が泣くかもしれないなあと思って。多分だけど、この人形の足には小さな針が仕込んであって、それを手のひらの皮にちょっぴり刺す」
 七尾さんの話の途中で、「うえっ?」という声が入った。森君だ。……私のことを好きな男子? まさかね。今のは同じ「なく」でも、泣いたんじゃなくて、間違って踏み付けられたカエルみたいに鳴いたって感じだし。
 さあ、そんなことよりも、大変だ。結局見破れてしまったのだから。
「それで手に力を入れたり抜いたりすることで、人形を起き上がらせたり寝かせたりできる。糸がどうのこうのっていうのは関係ない、よね?」
「当たり。あーあ、ばれちゃったか」
 いい線まで行ったように感じていたから、なおのこと悔しい。でもマジシャンはそんな感情の動きを面に出してはいけない。ここは変わらず、スマイルスマイル。「凄いね」と相手を認める。
「当たってもあんまり嬉しくないなあ」
 でも七尾さんは微妙な表情。自分の身体を言わば傷つけるような種に、むずむずした違和感を覚えたといったところかしら。マジック全体のイメージを落とすことになるのは、本意じゃないからセルフフォローをしておこうっと。
「思っているほど大変じゃないんだよ。全然痛くない。ほら、フックをちょっぴり引っ掛けるだけ」
「そうだとしても、自分がやるのは無理。遠慮しとく」
「あの、会長」
 そう言って不意に手を挙げたのは不知火さん。え、何? 予定にないんだけど。
「差し出がましいのは承知の上で、私に試させてくれませんか?」
「試す?」
「はい。佐倉さんの代わりに、一つだけ、披露してみたくなりました」
「えっ。不知火さん、大丈夫?」
 私は急な申し出にどぎまぎした。でも私を真っ直ぐ見返す不知火さんは、自信ありそうだった。
 多分、奇術サークルの中で私の次に上手なのは現時点で、不知火さん。教えたらその分、どんどん吸収していく。一度興味を持ったら飽きるまで味わい尽くす、それがきっと不知火さんなのだ。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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