第39話 初もの尽くしのクラブ授業
文字数 2,101文字
家に帰ってから、ノートを広げて、できそうなことを書き出したり、突貫工事の一夜漬けで覚えてできそうな新しい演目はないか調べたり(見付からなかったけど)、シュウさんに電話してアドバイスを求めたりして、リストアップ。どうにかこうにか格好は付いた、と思う。
時間にして十分くらい。引き延ばしても十五分が限度かなあ。
授業としてのクラブ活動は四十五分間だから、挨拶や質問で十五分を取ったとしても、残り十五分は余っちゃう。初回から種明かしは、何となくしたくはないのだけれど、いざとなったら致し方ないか。
とにかく、時間の許す範囲内で、思い付く限りのことはやった。準備万端とは行かなくても、これで失敗に終わったら実力が足りなかったというだけだ。あきらめもつく。
というわけで、金曜日の六時間目、クラブの時間を迎える。
マジックサークルの設立が土壇場で決まったものだから、細かい事柄なんかも全てぎりぎり。たとえば、どこのクラスを使わせてもらえるのかでさえ、当日のお昼休みに知らされる有様だった。まあ、間に合ったんだからいいんだけどね。こんなに慌ただしくなるなら、新しい部やサークルの申請の手順というか段取りというか、そういうのをもうちょっと余裕があるものになるよう、考えて欲しいな。
私達のサークルは一年四組の教室を借りられることになった。奇しくも、私が一年生のと気に使っていたのと同じ教室だ。
もちろん様変わりしているのだけれども、壁の小さな落書きや柱の傷は、天井の染みなんかは以前のままで、懐かしさとともにどことなく落ち着ける。
「何も聞いてなかったけれど、大丈夫?」
先に来ていたつちりんが心配げに駆け寄ってきた。その手に何だろう、白い袋が握られている。
「大丈夫だよ。それよりも、この袋は……」
「あ、旅行のお土産。クラブの時間なら出してもいいかなって思って」
予想の斜め上を行く返事に、私はつい笑ってしまった。その頭越しに、相田先生の声が飛ぶ。
「だめだぞー。これも授業だからな」
「は、はい。すみません、仕舞っておきます」
担任じゃないからか、つちりんは必要以上に怖がっているように見えた。私は「平易だよ。取り上げられたりはしないから」と言っておいた。
「あとで分けようよ。私も持ってきた」
これは陽子ちゃん。分けるってことは、個包装のお菓子だと決め付けてるのかな? 何だって嬉しいんだけど。
と、相田先生が手を二度打って、大きな音を立てた。
「はい、お喋りはそろそろ切り上げろよー。じきに始業のチャイムが鳴るから、始めてくれるか、佐倉」
「分かりました。でも、最初は先生に挨拶をしていただきたいです」
「なぬ?」
もっと早く言っておいてくれよ、俺スピーチ苦手なのに云々と、ぶつくさ言いつつ、相田先生は教壇に立った。
ちょうどそのタイミングで、測ったみたいにチャイムが鳴る。
「えー、それではー、クラブの授業を始める。先に出席を取るんだったな。と言っても、この人数だし、皆知っている顔だから別にこのままでもかまわないんだが。時間が余ると困るので、やっぱり出席を取るか」
あからさまな時間稼ぎ目的で、先生は私達の名前を一人ずつ呼んだ。六人全員揃っている。
「皆にとって初めてのクラブ授業で、分からないこともあると思う。その上、マジックサークルもできたばかりで、これが初めての正式な活動。ついでに言うと、先生もクラブ活動を受け持つのはこれが初めてだ」
「ええー?」
「慌てるでない。副担当はしたことがある。だから全くの未経験者ってわけじゃない。小舟に乗ったつもりで安心しろ」
「安心できません」
先生のジョークに、不知火さんが真顔で返した。分かっていて言ってるんだろうけど、真顔が怖いよ、不知火さん。
「そうか? まあ僕もマジック、奇術のことはほとんど知らない。安心できないのも無理ないが、別の見方をすれば、全員がほぼ横並びのスタートラインに立っている。会長の佐倉だけが少し詳しい、だったよな?」
「は、はい」
急に話を振られてびっくりした。
「ということで、先生も一緒になって、マジックについて楽しみながら知っていきたいと思う。この時間は佐倉が先生だ。よろしく頼む」
挨拶が終わった。うまくバトンを渡された形だ。
思い描いていた段取りとは、ちょっと違うけれども、私は相田先生に代わって教壇に立った。
「えっと」
咳払いの格好だけして、ちょっぴり間を取る。みんなの顔を見渡し、それから教室の傷や染みを再確認して、息をついた。
「最初に、みんなにお礼を言いたいです。私のわがままでマジックサークルを作ろうとして、まだできる前から入ってくれて、先生も顧問になってくれて、本当にありがとうございます。マジックサークルとして活動していく中で、マジックを通して恩返ししていくつもりです。あと、まだまだ力を貸してもらうことになると思いますが、よろしくお願いします」
深くお辞儀。力が入って、お下げにした髪が結構激しく揺れた。
六人分の拍手をもらい、身体を起こす。
つづく
時間にして十分くらい。引き延ばしても十五分が限度かなあ。
授業としてのクラブ活動は四十五分間だから、挨拶や質問で十五分を取ったとしても、残り十五分は余っちゃう。初回から種明かしは、何となくしたくはないのだけれど、いざとなったら致し方ないか。
とにかく、時間の許す範囲内で、思い付く限りのことはやった。準備万端とは行かなくても、これで失敗に終わったら実力が足りなかったというだけだ。あきらめもつく。
というわけで、金曜日の六時間目、クラブの時間を迎える。
マジックサークルの設立が土壇場で決まったものだから、細かい事柄なんかも全てぎりぎり。たとえば、どこのクラスを使わせてもらえるのかでさえ、当日のお昼休みに知らされる有様だった。まあ、間に合ったんだからいいんだけどね。こんなに慌ただしくなるなら、新しい部やサークルの申請の手順というか段取りというか、そういうのをもうちょっと余裕があるものになるよう、考えて欲しいな。
私達のサークルは一年四組の教室を借りられることになった。奇しくも、私が一年生のと気に使っていたのと同じ教室だ。
もちろん様変わりしているのだけれども、壁の小さな落書きや柱の傷は、天井の染みなんかは以前のままで、懐かしさとともにどことなく落ち着ける。
「何も聞いてなかったけれど、大丈夫?」
先に来ていたつちりんが心配げに駆け寄ってきた。その手に何だろう、白い袋が握られている。
「大丈夫だよ。それよりも、この袋は……」
「あ、旅行のお土産。クラブの時間なら出してもいいかなって思って」
予想の斜め上を行く返事に、私はつい笑ってしまった。その頭越しに、相田先生の声が飛ぶ。
「だめだぞー。これも授業だからな」
「は、はい。すみません、仕舞っておきます」
担任じゃないからか、つちりんは必要以上に怖がっているように見えた。私は「平易だよ。取り上げられたりはしないから」と言っておいた。
「あとで分けようよ。私も持ってきた」
これは陽子ちゃん。分けるってことは、個包装のお菓子だと決め付けてるのかな? 何だって嬉しいんだけど。
と、相田先生が手を二度打って、大きな音を立てた。
「はい、お喋りはそろそろ切り上げろよー。じきに始業のチャイムが鳴るから、始めてくれるか、佐倉」
「分かりました。でも、最初は先生に挨拶をしていただきたいです」
「なぬ?」
もっと早く言っておいてくれよ、俺スピーチ苦手なのに云々と、ぶつくさ言いつつ、相田先生は教壇に立った。
ちょうどそのタイミングで、測ったみたいにチャイムが鳴る。
「えー、それではー、クラブの授業を始める。先に出席を取るんだったな。と言っても、この人数だし、皆知っている顔だから別にこのままでもかまわないんだが。時間が余ると困るので、やっぱり出席を取るか」
あからさまな時間稼ぎ目的で、先生は私達の名前を一人ずつ呼んだ。六人全員揃っている。
「皆にとって初めてのクラブ授業で、分からないこともあると思う。その上、マジックサークルもできたばかりで、これが初めての正式な活動。ついでに言うと、先生もクラブ活動を受け持つのはこれが初めてだ」
「ええー?」
「慌てるでない。副担当はしたことがある。だから全くの未経験者ってわけじゃない。小舟に乗ったつもりで安心しろ」
「安心できません」
先生のジョークに、不知火さんが真顔で返した。分かっていて言ってるんだろうけど、真顔が怖いよ、不知火さん。
「そうか? まあ僕もマジック、奇術のことはほとんど知らない。安心できないのも無理ないが、別の見方をすれば、全員がほぼ横並びのスタートラインに立っている。会長の佐倉だけが少し詳しい、だったよな?」
「は、はい」
急に話を振られてびっくりした。
「ということで、先生も一緒になって、マジックについて楽しみながら知っていきたいと思う。この時間は佐倉が先生だ。よろしく頼む」
挨拶が終わった。うまくバトンを渡された形だ。
思い描いていた段取りとは、ちょっと違うけれども、私は相田先生に代わって教壇に立った。
「えっと」
咳払いの格好だけして、ちょっぴり間を取る。みんなの顔を見渡し、それから教室の傷や染みを再確認して、息をついた。
「最初に、みんなにお礼を言いたいです。私のわがままでマジックサークルを作ろうとして、まだできる前から入ってくれて、先生も顧問になってくれて、本当にありがとうございます。マジックサークルとして活動していく中で、マジックを通して恩返ししていくつもりです。あと、まだまだ力を貸してもらうことになると思いますが、よろしくお願いします」
深くお辞儀。力が入って、お下げにした髪が結構激しく揺れた。
六人分の拍手をもらい、身体を起こす。
つづく