第40話 準備運動を怠ると怪我するよ

文字数 2,138文字

「今日は記念すべき第一回目。何をするのか決めようとして、時間がなくて困ったんですけど、私の今の腕前を見てもらうことにしました。見たあと、私の方がうまい!っていう人がいたら、ぜひ名乗り出てください」
 笑い声が起きた。私の本心としては、私より上手な人がいてもいっこうにかまわない、っむしろその人から教えてもらえるのならラッキーだって感じる。シュウさん、早く参加できるようになってね。
「では最初に、準備運動から。いきなりマジックをすると怪我をする恐れがありますから、充分にストレッチをしましょう」
 と、今度は笑いがない。真面目に受け取られると困る、冗談混じりの口上なんですが。
「これから言う通りにしてください。――両手を前にならえの形に伸ばして。手の甲が内側になるように、手首を返して。はい、手の甲を合わせる。左腕はそのままで、右腕を左腕に交差するよう、上から持って来る。そして左右の手の指を組み合わせる。できてますか? そうそう。次、組んだ両手を一旦、頭上に持ってきます。そして身体ごと真っ直ぐな棒になった気持ちで、左右にゆっくり傾けて。二階屋ったら、身体を真っ直ぐにして、腕を頭上から下げます。ここで一度、組み合わせてた手を解いて、両手の上下を入れ替えます。右が上だったのが、今度は左が上になります」
 全員、真顔だ。真剣に取り組んで食えるのが分かる。私はみんなの様子をざっと観察して、一人を指し示した。
「こうしてみると、男の人の方が固いかも。ほら、森君。左手が上になると、変な感じがいて組みにくそうじゃない?」
「そ、そんなことねえよ。俺を言うんだったら、先生の方が」
 指摘が図星だったのか、森君は相田先生の方に顎を振った。
「先生はどうですか」
「さっきのストレッチで、普通に痛い」
「無理しないでくださいね。もう少しだけですから。――最後に両手を組んだまま、手首を返して元のように真っ直ぐにしてみましょう」
 私は順手状態で手を組んだ姿勢になる。少し遅れてみんなが同じことをやろうとすると……できない。
 「え?」「嘘だろ?」「うん?」と言った戸惑いの短い声が聞こえて来た。
「あれ? もしかしてみんな、戻せない? 私の言う通りに同じことをやって来たはずなのに」
「できない」
「というか、戻そうとすると痛いよ」
 みんなの反応に、満足げに首肯してみせると、「これは早速、みんなにマジックを掛けることに成功したかも」と言ってみた。数拍遅れで拍手が返ってきた。
 遅れたのは、手の絡まりを解くのに時間が掛かったから、かもしれない。

 ウォーミングアップとして、全員参加のよくあるちょっとしたトリックをやってみた。一度種を知れば、何でこんなのに引っ掛かったんだろうと呆れるくらいに単純。だから、そんなに驚かせる力があるとは思えないし、みんながみんな引っ掛かってくれるとも思っていなかった。
 ところが実演してみて、私自身も驚いちゃっていた。こんなにも効果があるなんて。信じられない気がした。
 これで完全に自信が付いたわ。続いても張り切って行ってみよう。
「準備運動をやって、みんな身体がほぐれたと思うから、あとはもうどれだけ驚いても大丈夫だよね。それでは次。取り出したるは、白いロープが一本、二本、三本」
 本来なら服のどこかに入れておきたいところだけれど、今回そういう衣装までは用意できなかったので、袋から出す。
「大、中、小と長さの異なるロープがあります。長さを大中小で表すのは変ですが、この呼び方が便利なのであしからず」
 不知火さん向けに用意した口上だけど、伝わったかしら。
「中と小の端同士を結んで、一つの輪を作ります。さてここで東欧するのが秘密のハサミ」
 同じように袋から取り出す。銀色の普通のハサミだ。
「このハサミで輪っかの結び目のはみ出した部分を切って……」
 切り話された極短いロープは、落とさずにポケットに仕舞う。
「それから抗して一気に引っ張ると」
 ばん!て感じの音がして、結び目に残っていたロープが、ミニドーナツみたいな小さな輪と化してはじけ飛ぶ。手元に残った大きめの輪は、切れ目や結び目がどこにもなく、きれいにつながった一つの円になる。
「おー、すげ」
 みんなに受けたけれども、特に森君が感心してたみたい。
 私もさらに調子の波に乗れた。切ったのをつないだり、結び目を消したりと、ロープマジックをいくつか繰り出す。
 最後に、長めのロープ二本の端っこ同士を絡めて、ゆっくりと引っ張る。初めは絡まっていただけで、簡単に離れたけれども、二度目にやってみると、その絡めた部分がつながって、一本の長い長いロープになっていた、というマジックで締め括る。

 ここまで予想していたよりはずっと受けたし、盛り上がっている。だから、盛り上げるためにと用意しておいた次のマジックは飛ばしてもいいのだけれども。
 マジックの業界でよく言われることを、肌で体験しておこうと思う。つまり、「お金の出るマジックとハトが出るマジックは受ける」というもの。ハトはさすがに飼う(買う)余裕なんて全くないので、今日はお金のマジックをやってみよう。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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