第181話 種を明かしつつ種を蒔く

文字数 1,874文字

 席を立って教壇に近付いた陽子ちゃんに、シュウさんはすぐさま指示を出した。
「まず最初に先生の席に座ってください」
 教壇の横、校庭側の窓のそばの一角を占めるのがクラス担任のデスクと椅子。当然、今は誰もいない。
「座りました、これでいいですか」
「結構だね。それでは一から十三までの間の整数の内、一つ数を選んで言ってもらえるかな、直感でも好きな数でも何でもいい」
 始まったやり取りを追って、私は遅まきながらこのマジックが電話がなくてもできることを理解した。演者とお客さんが距離を取っていれば成り立つんだ。ただ、電話を通してやる方が不思議さは増すかもしれないけどね。
「それじゃあ……六を選びます」
 思うところがあって六にした様子の陽子ちゃん。シュウさんはそんな雰囲気を察知したのかどうか、
「六だね。その数を選んだことに何か特別な理由はある?」
 とわけを聞いた。陽子ちゃんは私達のいる方を一瞥してから答える。
「だって、ほら、私の他に六人いるじゃないですか。サークルのメンバーは」
 おおっと、そんな意味が込められていたなんて。七でもよかったのに選ばなかったのは、ラッキーセブンだと思われるのが嫌だったのかしら。
「なるほどね。仲間の六人か。それじゃあ次。壁に掛かっているカレンダーの前に行ってくれるかい」
 先生用の机と椅子、その背中側の壁にカレンダーが掛かっている。ひと月単位でめくるタイプで、それぞれの月は二十八~三十一の升目があって、メモをしやすい作りと言えた。
 席を離れ、カレンダーの手前に立った陽子ちゃんがシュウさんの方を振り向き、次なる指示を待った。
「今、六月だから一番上は六月のカレンダーになっているね」
「はあ、当たり前です」
「さっき木之元さんが言った数を六月の六に足すといくつ?」
「6+6で12」
 当たり前のことを言われた次は、簡単すぎる足し算と、陽子ちゃんちょっと不満そう。
「そう、十二だね。これが今日の君の運命の数になるんだよ」
「運命?」
「まあ深刻に受け止めるようなものじゃなくって、ラッキーナンバーみたいなものだね。それでは木之元さん、十二月のカレンダーが見えるようにめくってくれる?」
 うん? あ――。私はたった今、このマジックのからくりが分かった気がした。厳密に言うと、からくりのほんの一部だけれども。私にやってくれたときと違う点、変わらない点を比べて考えれば、おぼろげにじんわり見えてきた。
「めくりました」
 陽子ちゃんは答えてから、カレンダーの十二月十三日の升目に何かが書き込んであることに気付いたらしい。目が動き、右手の指がそこをなぞろうとするのが見て取れた。
「みんなは十二月といえば何だろう? だいたい三つに絞られると思う。クリスマスか大晦日、あるいは冬休み。僕の今の気分ではクリスマスだな。クリスマスの日付を聞かれたら十二月二十四日と答えてしまう人が案外多いみたいけれども、二十五日だから気を付けなきゃいけない。その二十五から木之元さんのラッキーナンバー十二を引くと?」
「十三、です」
「では目の前のカレンダー、十二月十三日のところに何か書いてないか?」
「あります。十字架みたいなマークと、筆記体のアルファベットでSYUMEIって」
 陽子ちゃんの返事に、見ているみんながどよめいた。ドラマを見て先に種を知っているかもしれない水原さんもだ。私は二度目の経験だし、種の方ももう大体の想像ができつつあったのでそこまで驚きはしなかった。けれども、やっぱり凄い。マジックってこうやって魅せるものなんだなって実感してる。
「他のところに書き込みはないのかよ?」
 森君が尋ねると、陽子ちゃんは首を傾げながらカレンダーをぱらぱらと見て行き、やがてかぶりを振った。
「ない。十二月はもちろんだけど、他の月のページにだってないみたいよ」
「本当か? 俺も調べたい」
 終わりの言葉は、シュウさんに向けて言ったもの。
「いいよ。木之元さん、そのカレンダーを外して、教卓まで持って来てくれるかい? 僕がやってもいいんだけどね、触ったことで怪しまれると損だから」
 教卓の上に置かれたカレンダー。まずは十二月を開いて、そこの十三日に注目。間違いなく、十字架っぽい簡単な絵とSYUMEIというローマ字が鉛筆で書き込んであった。ちゃんとUの上には長音符号も記されている。
「ここに師匠の名前があることだけでも不思議ですけど、いつの間に書いたんだろ?」
 つちりんの言葉にはっとさせられた。

 つづく
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み