第115話 奇説も百出
文字数 1,509文字
笑いながら否定するメイン。
「エルクサムはお湯にも難溶性である性質は変わりなく、水よりも若干ましといったレベルだ。入浴中にたまたま口に飛び込むお湯がどれほどのものか知らないけれども、エルクサムが効果を発揮するには全然足りないだろうね。次に、ドア越しに隙間から魔法で水を浴槽に移動させるというのは、カークランにはなかなか厳しい。彼女は目で見て、水の移動先を正確に定められる。裏を返すと、見えない位置には勘で移すしかない。お湯が飛び散って、乾いたあと、そこら中にエルクサムの粉が浮くはず。そんな発見は前年ながらない。そして第三、これが決定的なんだが、侍従長の個室内に、風呂はない」
「何だ、それ早く言ってくれよ」
赤面するのを自覚し、宗平はそっぽを向いた。
「現場をまだ見ていないのなら、仕方がないさ」
慰めるような言い方をされ、ますます滅入る。そんな宗平の肩に触れる者があった。マルタだった。
「私が意見を述べてもいいのよね?」
彼女の問い掛けに、宗平とメインの両探偵師がほぼ同時に「もちろん」と応じた。
「カークラン嬢の魔法が使われたことに拘らなければ、時間差で毒を効かせる方法はあるんじゃないかなと思って」
「ほう。どんな」
合いの手を入れるのはメイン。
「たとえばだけど、氷の中に毒を閉じ込めておいて、その氷を浮かべた飲み物を渡すのよ」
「よくある手口だね。だけど、現場である被害者の室内に、グラスの類いは一切なかった」
「容器も消えてなくなる物だったとしたらどう? 氷なら溶けたあと、乾ききらない恐れがあるけれども、ドライアイスならほぼ跡形もなく消えるでしょ」
「しかし、ドライアイス製のグラスを持ったら、手に凍傷を負うんじゃないかな。それに加えて、被害者はドライアイスの容器に入った飲み物を渡されて、不審に感じなかったのか、疑問だね」
「……また基本的な質問。魔法を掛けたときだけじゃなく、魔法の効力が発揮される瞬間にも、ロガーには記録されるのかな?」
あることを思い付いて、宗平は聞いてみた。問われたメインは、少しだけ考え、やがて「ははん」と顎をなでた。
「一定時間が経過するとその物体が消えるような魔法を掛けた場合、ロガーに記録されるのは魔法を掛けたときのみで、効果が出て容器が消えたときは記録されないとしたら、容疑者は今挙がっている三人に限らなくなるという理屈だね?」
「そうだよ」
「非常にいい、考え方が柔軟だ。だけど、これもまた残念ながら、魔法が効果を発揮した時間も記録が残る仕組みなんだよ」
「くっそー」
度を超したきたない言葉遣いはだめよと、後ろからマルタに注意された。
「言葉ぐらい自由に使わせてくれよー」
「だめなものはだめ」
「……ま、よかったよ。魔法の記録ってのがそういう仕組みなら、マルタ、君への疑いはきれいに晴れるんだから」
「なんと。私まで疑っていたのかいな」
とても芝居がかった動作で両手を上げ、口を丸く開いて驚く様子を見せたマルタ。
「だってそうだろ。一時間後に消える氷を扱えるのなら、二十三時になる前に氷をどんどん作って、侍従長の部屋の窓が面した外壁に氷を出っ張りとして付けて行き、階段みたいに上れるようにしておいて、同時に毒薬入りの水を固めた氷も作っておく。二十三時過ぎ、その毒氷を持って氷の階段を上がり、侍従長の部屋に到着。病気の影響でよく眠っている侍従長の口の中に毒氷を入れる。一時間経って氷が消えてなくなると、毒は口から体内に入るっていう寸法。でも、実際は氷が溶けてなくなるときにもロガーには反応が残るんだったら、俺の推理は全然的外れだ」
つづく
「エルクサムはお湯にも難溶性である性質は変わりなく、水よりも若干ましといったレベルだ。入浴中にたまたま口に飛び込むお湯がどれほどのものか知らないけれども、エルクサムが効果を発揮するには全然足りないだろうね。次に、ドア越しに隙間から魔法で水を浴槽に移動させるというのは、カークランにはなかなか厳しい。彼女は目で見て、水の移動先を正確に定められる。裏を返すと、見えない位置には勘で移すしかない。お湯が飛び散って、乾いたあと、そこら中にエルクサムの粉が浮くはず。そんな発見は前年ながらない。そして第三、これが決定的なんだが、侍従長の個室内に、風呂はない」
「何だ、それ早く言ってくれよ」
赤面するのを自覚し、宗平はそっぽを向いた。
「現場をまだ見ていないのなら、仕方がないさ」
慰めるような言い方をされ、ますます滅入る。そんな宗平の肩に触れる者があった。マルタだった。
「私が意見を述べてもいいのよね?」
彼女の問い掛けに、宗平とメインの両探偵師がほぼ同時に「もちろん」と応じた。
「カークラン嬢の魔法が使われたことに拘らなければ、時間差で毒を効かせる方法はあるんじゃないかなと思って」
「ほう。どんな」
合いの手を入れるのはメイン。
「たとえばだけど、氷の中に毒を閉じ込めておいて、その氷を浮かべた飲み物を渡すのよ」
「よくある手口だね。だけど、現場である被害者の室内に、グラスの類いは一切なかった」
「容器も消えてなくなる物だったとしたらどう? 氷なら溶けたあと、乾ききらない恐れがあるけれども、ドライアイスならほぼ跡形もなく消えるでしょ」
「しかし、ドライアイス製のグラスを持ったら、手に凍傷を負うんじゃないかな。それに加えて、被害者はドライアイスの容器に入った飲み物を渡されて、不審に感じなかったのか、疑問だね」
「……また基本的な質問。魔法を掛けたときだけじゃなく、魔法の効力が発揮される瞬間にも、ロガーには記録されるのかな?」
あることを思い付いて、宗平は聞いてみた。問われたメインは、少しだけ考え、やがて「ははん」と顎をなでた。
「一定時間が経過するとその物体が消えるような魔法を掛けた場合、ロガーに記録されるのは魔法を掛けたときのみで、効果が出て容器が消えたときは記録されないとしたら、容疑者は今挙がっている三人に限らなくなるという理屈だね?」
「そうだよ」
「非常にいい、考え方が柔軟だ。だけど、これもまた残念ながら、魔法が効果を発揮した時間も記録が残る仕組みなんだよ」
「くっそー」
度を超したきたない言葉遣いはだめよと、後ろからマルタに注意された。
「言葉ぐらい自由に使わせてくれよー」
「だめなものはだめ」
「……ま、よかったよ。魔法の記録ってのがそういう仕組みなら、マルタ、君への疑いはきれいに晴れるんだから」
「なんと。私まで疑っていたのかいな」
とても芝居がかった動作で両手を上げ、口を丸く開いて驚く様子を見せたマルタ。
「だってそうだろ。一時間後に消える氷を扱えるのなら、二十三時になる前に氷をどんどん作って、侍従長の部屋の窓が面した外壁に氷を出っ張りとして付けて行き、階段みたいに上れるようにしておいて、同時に毒薬入りの水を固めた氷も作っておく。二十三時過ぎ、その毒氷を持って氷の階段を上がり、侍従長の部屋に到着。病気の影響でよく眠っている侍従長の口の中に毒氷を入れる。一時間経って氷が消えてなくなると、毒は口から体内に入るっていう寸法。でも、実際は氷が溶けてなくなるときにもロガーには反応が残るんだったら、俺の推理は全然的外れだ」
つづく