第185話 意外な“共犯”

文字数 1,930文字

「次、8はデスクの抽斗を開けてみて。どこかにまた紙があるはずだよ」
 かたかたと乾いた音を立てて、デスクから抽斗を引っ張り出す陽子ちゃん。程なくして、紙片を見付けて手に取った。
「『8を選ぶと思っていましたよ』だって。9と10はどこですか、師匠」
 もう慣れたという具合に聞き返す陽子ちゃん。対する師匠シュウさんは、打てば響くような答を返す。
「9は鉛筆立ての中。10はデスクの裏面を見て欲しい」
 シュウさんの言った通り、鉛筆立てからはロール状に丸まった紙が出て来て、押し広げて読んでみると「あなたが9を選ぶことは最初から分かっていました」と記してあった。
 10のデスクの裏面は、紙ではなく直に鉛筆で落書きされており、その狭い空間でみんなが一度には見られなかった。交代で覗いてみると、「10だと信じていた。間違いない」と書かれていた。
「はい、これがこのマジックの全貌さ。言われてもカレンダーの十二月と結び付けるのが難しい数は、まったく別のところに受け皿を作ってやる」
 感心する空気が広がった。そんな中、あんまり発言してこなかった不知火さんが手を挙げた。
「いくつか質問があります」
「どうぞ」
「無理にカレンダーと結び付けなくても、今見たように全ての数字に対応する隠し場所を用意していればいいんじゃないのでしょうか」
「もちろん不知火さんの言う通り。カレンダーに結び付けなくてもいい。水原さんは知っているはずだけど、ドラマで使われたやり方は全て『~を選ぶと思っていた』と書いた紙を、それぞれ異なる場所に隠していたんだ。ただし、選べる数は1から4までだった」
「あ、1から13までとなると、場所を決めるのがまず大変だと」
「そう。それに覚えるのも大変なんだ。君達みたいに若いうちは大丈夫だろうけれど、歳を食ってくると徐々に衰えを感じてね」
 高校生のシュウさんが言っても冗談にしか聞こえないけど、誰にでも簡単にできるマジックを目指すとしたら、覚えやすい方がいいに決まっている。
「分かりました。もう一つ気になったのは、どうしてカレンダーを選んだんでしょうか」
「どうしてと言われると説明が難しいな。身近にあって、ほとんどの家にあって、数と関係していて、細工をしやすい……これらの条件に当てはまるのはカレンダーぐらいじゃないかな? あ、あと普段は隠れて見えない部分があるというのも重要だね。これでいい?」
「得心しました」
 ありがとうございますと言って不知火さんはノートにさらさらっと書き付けた。
「他に聞きたいことがある人は?」
「物凄く大事な点が抜けていると思うんですが」
 陽子ちゃんが切り出した。シュウさんは微笑み混じりに応じる。
「大事な点とは?」
「今やったマジック、聞いた説明だけでは、私達ならまあ何とかなるかもしれませんけど、師匠には無理なんじゃないかって」
「おお、そのつっこみを待っていたんだ。木之元さんが気にしているのはどうやってカレンダーに仕込んだのかってことじゃないか?」
「そうです」
 あ、そうだった。私も聞かなくちゃと思いつつ、シュウさんの説明を頭の中で検討するのに夢中になって、つい忘れちゃってたわ。
「種を明かせばこれまたばからしいくらい単純だよ。相田先生にお願いして、こっそりやっていただいたんだ」
「えー? 先生が」
 私も含めてみんなから一斉に声が上がる。中には「じゃあ、今日用があって帰ったって言うのも嘘?」という朱美ちゃんの疑念も混じっていた。
「いや、用事があって早く帰らなければならなかったというのは本当のはずだよ。僕は全壊終わってすぐにお願いしただけで、相田先生の事情について詳しくは知らないけれども」
「そんなに前から準備していて、気付かれないものなんですね。ていうか、結果論ではそうなりますけれども、もし誰かに見付かっていたらどうしたら……」
 つちりんは少し興奮しているように見えた。恐らくだけど、占いをまず信じてもらうために確実に当たるからくりの占いがあって、それが今シュウさんの解説したマジックと似ているんじゃないかしら。そして占いの参考にしようと考えてるのかも。
「まず、カレンダーに施した仕込みに関しては、よほどのことがない限り気付かれない。六月の時点で十二月までめくってみようなんて思うのは、滅多にない。万が一あったとしても、教室に飾ってあるカレンダーだからね。誰かがいたずらで落書きした、ぐらいにしか思わない。わざわざ怒ったり、消したりするほどのものじゃないだろ?」
「まあ、確かにそうかもしれないです。けれども、『~を選ぶと思っていた』の紙の方は、結構目立ちません?」

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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