第206話 妖精のたまごは意味深に
文字数 2,062文字
「ははあ、なるほど」
感心すると同時に、ちょっと困ったなとも思った秀明。
(長束さんは記憶違いをされているのかな。今言ったマジックで女性は同じ場所から再び姿を現したはず。脱出したわけじゃないんだけど……)
現時点でそこまで指摘する必要はないと判断し、考え込む。と言っても、時間に余裕はない。
(何とかなるかもしれないし、演劇部全員との顔合わせのあと、別のアイディアが出て来るかもしれない)
楽観的に捉えるとしよう。今日、一緒にやっていくと決めたばかりなんだし、最初っから無理と決め付けていてはよい考えも浮かばなくなる。
「あの演目を使うとすると、僕一人ではどうにもならないので、下調べをしておきます」
「いいの? まだ決まりじゃないのよ。没になるかもしれないのに」
心配げな声に転じる副部長。さすが演劇部だと言いたくなる、情感の籠もった口調だ。梧桐らが振り返った。
「大丈夫です。他のマジックになるにしても、早い段階からつなぎを取っておくことは大事だと思いますから」
「でも、何だか悪いわ」
「副部長、とりあえずは彼に任せたらいいのではないかな」
部長の小見倉が取り計らう形で口を挟んできた。秀明もここは呼応して、「まだテストが続いているつもりでがんばりますよ」と答える。それから少し考え、付け足しておく。
「先輩は僕のことなんか気にしないで、他にもっといいアイディアが浮かんだら、遠慮なく変更してください。くれぐれもあの一年生に悪いからこのアイディアで行こう、と決め打ちしなくてかまいません」
「分かった。ありがと。ただ、会って間もない後輩君にこんなに気を遣わせて、申し訳ない気持ち」
ああ~、堂々巡りじゃないか。副部長も結構面倒臭いキャラクターの持ち主かもしれない。
(それとも、ひょっとしたら今目の前で繰り広げられているのも演技なのか? それはそれで輪を掛けて面倒だけど)
秀明は時刻を確かめるポーズをして、「じゃあそろそろ戻ります」と切り出した。
「失礼します。梧桐さん、連絡待ってるよ」
そう言い置いて出て行こうとしたら、梧桐も「あ、私も一緒に行く」と着いて来た。部室から充分離れたところで、聞いてみる。
「クラスが違うのに何で一緒に……」
「たいした意味はないけれど、方向が同じってことで」
「特定の男子、それもこれまで何の接点もなかったよそのクラスの男子とあんまり一緒にいると、変な目で見られないかな? 何しろ、劇に協力することはまだ大っぴらには言えないわけだし」
「そういう心配はしない質 だからね」
質で片付けていい問題なのだろうか。
「まあ、噂になったらなったで利用するまでよね」
「利用って、付き合ってるんじゃないかって噂が立つことを?」
「そう。この際だから言ってしまうけれども、さっきの対面で部長も副部長も、佐倉君をとても気に入ったと言っていたのよ」
「気に入られたから正式な協力要請になったんだろうけど、確か言葉では言ってないよね、気に入ったなんて」
「ところが」
少し後ろを歩いていた梧桐がすっと前に出て、くるっと振り向く。
「前もって決めておいたサインがあってね。先輩は二人ともあなたに合格点を出したわ」
「へえ? 何のためにそんな秘密のサインで意思表示する必要があったんだろ?」
今明かすくらいなら、さっきその場で言えばいいじゃないか。秀明は首を傾げた。
「それはね、あなたを口説き落とす役目は、私に一任されているからよ」
「口説き……わけが分からん」
もっと詳しい説明を求めようとしたところで、教室の前まで来ていた。時間的にもじきに授業が始まる。
「じゃ、今日はこの辺で」
自身の教室に入ろうとする彼女の横顔に、「えっと説明の続きは?」と早口で問うた。
梧桐は戸口の脇で立ち止まり、算段を立てる風に目線を天井に向けた。
「うーん、今日は無理。後日、多分明日話すから。乞うご期待」
「ご期待って」
それ以上の二の句を告げない秀明を置いて、梧桐は教室内に消えた。
* *
シュウさんから電話と聞いて、足取り軽く階段を駆け下り、廊下を滑るように急いで固定電話機の前に到着。すでに母の姿はなく、送受器が電話のフック部分にクロスさせる形で置かれていた。
「お電話代わりました。こんばんは、シュウさん?」
「こんばんは。今、時間的に大丈夫?」
「いいよ~。宿題は終わってるし、リアルタイムで観なきゃいけない番組はないし、度を過ぎた長話になると、お母さんが怒るかもしれないけれどね」
「それならなるべく短く話すよう、努力するかな」
「ううんいいの。そんなこと気にしなくて。シュウさんとマジックのおしゃべりするのって最高に楽しいから」
思わず電話口だというのに、顔をぶんぶん左右に振った。
「うーん、マジックの話と言っていいのかな」
「えっ。何その微妙な感じ。違うなら違うってはっきり言えばいいのに」
つづく
感心すると同時に、ちょっと困ったなとも思った秀明。
(長束さんは記憶違いをされているのかな。今言ったマジックで女性は同じ場所から再び姿を現したはず。脱出したわけじゃないんだけど……)
現時点でそこまで指摘する必要はないと判断し、考え込む。と言っても、時間に余裕はない。
(何とかなるかもしれないし、演劇部全員との顔合わせのあと、別のアイディアが出て来るかもしれない)
楽観的に捉えるとしよう。今日、一緒にやっていくと決めたばかりなんだし、最初っから無理と決め付けていてはよい考えも浮かばなくなる。
「あの演目を使うとすると、僕一人ではどうにもならないので、下調べをしておきます」
「いいの? まだ決まりじゃないのよ。没になるかもしれないのに」
心配げな声に転じる副部長。さすが演劇部だと言いたくなる、情感の籠もった口調だ。梧桐らが振り返った。
「大丈夫です。他のマジックになるにしても、早い段階からつなぎを取っておくことは大事だと思いますから」
「でも、何だか悪いわ」
「副部長、とりあえずは彼に任せたらいいのではないかな」
部長の小見倉が取り計らう形で口を挟んできた。秀明もここは呼応して、「まだテストが続いているつもりでがんばりますよ」と答える。それから少し考え、付け足しておく。
「先輩は僕のことなんか気にしないで、他にもっといいアイディアが浮かんだら、遠慮なく変更してください。くれぐれもあの一年生に悪いからこのアイディアで行こう、と決め打ちしなくてかまいません」
「分かった。ありがと。ただ、会って間もない後輩君にこんなに気を遣わせて、申し訳ない気持ち」
ああ~、堂々巡りじゃないか。副部長も結構面倒臭いキャラクターの持ち主かもしれない。
(それとも、ひょっとしたら今目の前で繰り広げられているのも演技なのか? それはそれで輪を掛けて面倒だけど)
秀明は時刻を確かめるポーズをして、「じゃあそろそろ戻ります」と切り出した。
「失礼します。梧桐さん、連絡待ってるよ」
そう言い置いて出て行こうとしたら、梧桐も「あ、私も一緒に行く」と着いて来た。部室から充分離れたところで、聞いてみる。
「クラスが違うのに何で一緒に……」
「たいした意味はないけれど、方向が同じってことで」
「特定の男子、それもこれまで何の接点もなかったよそのクラスの男子とあんまり一緒にいると、変な目で見られないかな? 何しろ、劇に協力することはまだ大っぴらには言えないわけだし」
「そういう心配はしない
質で片付けていい問題なのだろうか。
「まあ、噂になったらなったで利用するまでよね」
「利用って、付き合ってるんじゃないかって噂が立つことを?」
「そう。この際だから言ってしまうけれども、さっきの対面で部長も副部長も、佐倉君をとても気に入ったと言っていたのよ」
「気に入られたから正式な協力要請になったんだろうけど、確か言葉では言ってないよね、気に入ったなんて」
「ところが」
少し後ろを歩いていた梧桐がすっと前に出て、くるっと振り向く。
「前もって決めておいたサインがあってね。先輩は二人ともあなたに合格点を出したわ」
「へえ? 何のためにそんな秘密のサインで意思表示する必要があったんだろ?」
今明かすくらいなら、さっきその場で言えばいいじゃないか。秀明は首を傾げた。
「それはね、あなたを口説き落とす役目は、私に一任されているからよ」
「口説き……わけが分からん」
もっと詳しい説明を求めようとしたところで、教室の前まで来ていた。時間的にもじきに授業が始まる。
「じゃ、今日はこの辺で」
自身の教室に入ろうとする彼女の横顔に、「えっと説明の続きは?」と早口で問うた。
梧桐は戸口の脇で立ち止まり、算段を立てる風に目線を天井に向けた。
「うーん、今日は無理。後日、多分明日話すから。乞うご期待」
「ご期待って」
それ以上の二の句を告げない秀明を置いて、梧桐は教室内に消えた。
* *
シュウさんから電話と聞いて、足取り軽く階段を駆け下り、廊下を滑るように急いで固定電話機の前に到着。すでに母の姿はなく、送受器が電話のフック部分にクロスさせる形で置かれていた。
「お電話代わりました。こんばんは、シュウさん?」
「こんばんは。今、時間的に大丈夫?」
「いいよ~。宿題は終わってるし、リアルタイムで観なきゃいけない番組はないし、度を過ぎた長話になると、お母さんが怒るかもしれないけれどね」
「それならなるべく短く話すよう、努力するかな」
「ううんいいの。そんなこと気にしなくて。シュウさんとマジックのおしゃべりするのって最高に楽しいから」
思わず電話口だというのに、顔をぶんぶん左右に振った。
「うーん、マジックの話と言っていいのかな」
「えっ。何その微妙な感じ。違うなら違うってはっきり言えばいいのに」
つづく