第10話 少女達は考える

文字数 3,260文字

「何これ。サムライかよ?」
 陽子ちゃんのつっこみに思わず笑ってしまう。その間に不知火さんがメモ書きを手に取り、裏返してまた戻す。
「時間も場所も書かれていない。佐倉さん、分かるのですか」
「ううん。全然」
 ぷるぷると首を振って否定した。前もって何も知らされてはいないし、思い出の場所があるわけもない。
「てことは、これはあれかな」
 陽子ちゃんが指示代名詞を連発した。意味不明なので、私と不知火さんは互いに目を見合わせたあと、陽子ちゃんを見た。
「何を言いたいのか、分かるようにお願いします」
「ん、だからね。森君はクイズ好きでしょ? この文は恐らく、森君からの出題、挑戦状なんだよ」
「……なるほど。言われてみると、おかしな箇所が目に付きます」
 不知火さんはそう応えたけれども、私はさっぱりぴんと来てなかった。返事が来たと思ってどきどきして開いてみたら、結構乱暴な言葉でぶっきらぼうに書かれていたのがショックだったみたい。
「たとえばこの傍点。てんてんがあるでしょう、『く』と『お』に」
「ああ、ほんとだ」
 紙の表面に着いた汚れか何かだと思って、見過ごしていた。
「それからさっき木之元さんが言ったように、言葉遣いがおかしい。普通に書くとしたら『返事が聞きたかったら、俺のところに来い』あたりになるんじゃない?」
「うん。じゃあ、そういうおかしなとこが、クイズに結び付いていると」
「多分ね」
 それならば急いで解こう!と思ったのだけれど、ちょうどそのとき朝のチャイムが鳴った。夢中になっていた私達は、大慌てで教室を目指した。
 返事の紙を入れるつもりで開けていたランドセルのふたが、ぱたぱた音を立てる。

 よくよく考えてみたら、否、考えてみるまでもないことなのだけれど、私と陽子ちゃんと不知火さんは、森君と同じクラスなわけで。
 つまりそれは、クイズの出題者と解答者が、かなり近い距離で居合わせていることを意味しており、それって居心地が変な感じです、凄く。
 はっきりと公明正大に、「出題したぞ、解いてみろ」って言ってくれたなら、まだましなんだろうけど……こう中途半端に、ぽわんとした出題のされ方だと、妙に意識するというか。
 休み時間、森君の席をちらと窺ってみたら、向こうもこちらを変に意識してる感じじゃないの。
 ここはちゃんと宣戦布告、で言葉は合ってるのかな。とにかく、森君が出題したことは分かった、受けて立つわ!って言ってやろう。
 そう決めて、次の休み時間、森君が一人になるチャンスを待った。と言っても、トイレにでも出て来るとこを掴まえるだけなんだけど……出て来ない。
 仕方がないので、相手が嫌がるのも顧みず、陽子ちゃんと不知火さんと三人で席を囲んだ。
「な……何だ?」
「お返事の予告をありがとう。今、解読中だから待っていて。絶対に解いてみせる」
 予め用意していたフレーズを一気に喋った。すると明らかに戸惑っていた森君の顔が、いたずらげなものに変化する。にやりと擬音が聞こえてきそうな笑み。うわ、にくたらしい。
「そっか。問題を出してるってことは気付いたんだな。でも、解けなきゃ返事はしない。ていうか、入らない、が返事だから」
「分かったわ」
 ぎゅっと唇を噛みしめる。これはいよいよ真剣に、最上級の真剣さで頑張って考えなくては。
「あんまり難しくないと思うぜ。レベル1か、せいぜい1.5ってとこ」
 うう、プレッシャー。
 とにかくわずかな時間でも有効に使おうと、席に戻りかけたとき、不知火さんが森君に向けて口を開いた。
「質問はだめ?」
「だめだ。ヒントは絶対に出さない」
「そういう意味の質問ではなく……今日中の話なのかしらと思って」
「そ、そりゃそうだよ。今日中。それも学校にいる間だ。うん? 誘導尋問になってないかこれ?」
「うふふ。正直に答えてくれてありがとう。絞り込むときに役に立つかもしれない」
 さっときびすを返し、私と陽子ちゃんを追い抜く勢いで去る不知火さん。
「きったねーぞ。無口だとおもってたら、とんでもなく口がうまいじゃんか!」
 よく分からない非難を浴びせてくる森君を置いて、私と陽子ちゃんもその場を離れた。
 あとには、男子数名に取り囲まれて、今のは何だと問い詰められる森君。かわいそ。そうなるように狙ってたんだけどね。

 お昼休み、私達三人はこれまでの最高記録と言っていいぐらいに早く、給食を片付けた。ちなみに順位は陽子ちゃん、私、不知火さん。
 他のクラスメートの大部分はまだ食べているので、三人集まって座るのは無理。ということで、教室から外へと場所を移す。幸い、空は晴れ渡り、日差しが温かい。走って出て来たせいもあるんだろうけど、すぐに汗ばむ。
 校旗掲揚塔の下が空いていたので、そこを“暗号解読対策室”とした。朱美ちゃんとつちりんにも、二時間目のあとの大休みに森君から暗号の返事があったことと、昼休みにできれば外に出て来て、一緒に考えようと伝えてある。ただ、二人は四時間目が体育だったので、移動したり着替えたりする分、遅くなるのは予想できている。
「ずっと考えていたのですが」
 頼みの綱、私達三人の中では、文字に一番強そうな不知火さんが切り出した。
「まず、※の印以降は、出題文ではないと見なしましょう。ここも問題の一部ならこの印は不要のはずです」
 なるほど。ていうことは、私達が注目すべきは、

 返事聞きた

れのとこに来い

 の一行だけ。でもこの文だって、返事を聞きに来いと言ってるだけで、何の意味もないような。暗号っぽさがあるのは、傍点くらい。あと、日本語がちょっとおかしいとこも?
「不自然な言葉遣いも気になりますが、かなと漢字の使い分けもなかなか変だと思いません?」
「かなと漢字ね。うん、“おれ”は漢字の“俺”でもいいのに、とか?」
 私は指で宙に“俺”と書きながら言った。不知火さんは「惜しい」と応じ、少し笑った。
「“俺”という漢字は、まだ習っていないので、根拠とするにはちょっと弱い。“とこ”は“ところ”を縮めた言い方だから、漢字で“所”と書いてもいいはず。なのに平仮名になっているのには、理由があるのかもしれない」
「えっと。二重の意味を持たせてあるんじゃない? 床屋の“とこ”なんて」
 陽子ちゃんもさっきの私と同様に、宙に指先で何か字を書いた。……人が書いたのは意外と分からない。
「そういう発想はありませんでした」
 感心したように言った不知火さん。ちゃんとメモを取っている。
「今は暗号を解くのに関係づけられないので、横に置いておきます。私の考えになりますが、日本語がちょっと古めかしいのやかなと漢字の使い分けが何となく変なのも、字数に関係していると感じました」
「字数って文字の数ね」
 会話にいきなり、ジスーって言葉が出て来て、ほんの一瞬、戸惑ってしまった。
「はい。そう考える根拠は、他にもあって」
 不知火さんの細めの指が出題文の最初の方を示す。“事”と“聞”の間を押さえた。
「ここ、“を”を入れた方が普通の表現になりますよね。返事を聞きたくばって」
「ええ」
「そこで最初に思い付いたのは、漢字とかな、それぞれのかたまりに意味があるんじゃないか?」
「かたまり?」
「漢字だけが続く、もしくは、かなが続く、そういうブロックができてるのが分かるでしょう?」
 不知火さんが出題文の上で、指でくるっと輪を描く仕種をしてくれたので、すぐに理解できた。要するに、

 返事聞  きた

れのとこに  来  い

 という具合に分割するってこと。
「このブロックそれぞれの文字数を数えると、3、10、1、1となります」
「じゃあ、もしかして、3時10分11秒に、どこかに来いってことなのかな?」
 陽子ちゃんが色めき立って言った。私もこれで正解と思ったんだけれど。

つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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