第182話 可能と不可能
文字数 1,679文字
つちりんの言葉にはっとさせられた。そうだわ。私の家のカレンダーでやるんだったら、シュウさんはたまにだけど何度も来てるのだから、何らかの種を仕込む余裕はあったんだなって想像できる。
それに対して今見せたマジックだと、この教室のカレンダーに書き込まなきゃいけないけれども、いったいいつ? 前来たときってことはないはず。部屋を出るのが最後じゃなきゃ細工は難しいだろうに、実際にシュウさんが教室を出たのは三番目か四番目だったと思う。ううん、よく覚えてはいないけれども、最後じゃなかったのだけは確かよ。鍵を掛ける必要があるのだから、ゲストの人に鍵を渡すなんてことはない。
新たに見付かったハテナを脳裏にとどめつつ、カレンダー全体の検分がスタート。メンバー全員、十四の目で隅から隅まで調べたけれども、特に怪しい書き込みは見付からなかった。
「凄いっ、まるで予言だよねっ」
朱美ちゃんが感心と感動を露わにした。感嘆符が目に見えそうな話しぶりで、皆が目をやったほど。朱美ちゃんも声が思った以上に教室全体に響き渡ったと知り、「未来のことが分かるんなら、宝くじの当たり番号を教えてもらいたいなぁ、なんちゃって」と冗談めかして付け足す。
「ははは。未来に起きる出来事を本当に言い当てられたら凄いんだけどね。これはマジックだから当然、種があります。そこのところを忘れないように」
シュウさん、しっかり釘を刺してきた。さっきの朱美ちゃんの台詞が冗談交じりだってことくらい分かっているに違いないけど、それでも念のために明言しておこうってことなのね。
うう、私も早く水原さんに説明をしなくちゃ。
「身も蓋もないというか、幻滅させるような言い方になるけれども、マジックは可能を不可能に見せる、当たり前を不思議に思わせる技術だと言える」
「あれ?」
水原さんが声を上げた。何ごとかと振り向くと、こう続ける。
「似たようなことを昔の推理作家の人が言っていたのを、読んだ記憶があります。ただし、逆でしたけど」
「逆? 面白い。聞かせてくれる?」
シュウさんも興味をひかれたみたい。もちろん、私も聞きたいと思った。
「お邪魔でなければ……。正確な表現じゃないですけど、『探偵小説は不可能を可能にすることに醍醐味がある』という風な意味合いだったと思います」
「なるほど、逆だ。でも同じことを言っているとも言える」
小刻みに首肯しつつ、シュウさんは応じた。何だか楽しそう。
「“一見不可能に見えることを解きほぐして実は可能であったと示す”、という意味だね。一方で僕がさっき言ったのは、“できて当たり前のことをさもあり得ない、とてつもないことが起きたように見せ掛ける”ぐらいのニュアンスだから。二つの言い方は表裏一体だと思うよ。ミステリとマジックは似ているとよく言われるし」
「ですよね。ただ、推理小説の業界では表現にうるさい人が多いみたいで、批判する声も上がってるんです。また記憶に頼って言うけれども、『不可能はできないから不可能であって、可能になったらそれは不可能じゃないじゃないか』みたいな感じでした」
「ははあ、面白いな。言われてみれば『不可能を可能にする』という言い回しは矛盾を含んでいるね。うん、その点僕の言い方なら大丈夫のはずだ」
片手で額の汗を拭い、もう片方の手で胸をなで下ろすポーズのシュウさん。確かに「可能なことを不可能に見せ掛ける」と言っておけば、作家さんでも批判するのは難しい、いや多分無理。
「脱線させてすみません。種明かしを早く聞きたいです」
恐縮する水原さんに「いいよいいよ」と声を掛けてから、シュウさんは私の方を見た。
「これから種明かしをするつもりなんだけれども、佐倉は見たのが二度目だから、気付いたことがきっとあるよね?」
「う、うん」
言ってもいいのかな? 探る目つきでシュウさんを見返した。
「佐倉が分かった!っていうのなら、種明かしの役目を譲ってもいいんだが、どう?」
「えーっ、無理無理! ほんの一部しか分かってないから」
つづく
それに対して今見せたマジックだと、この教室のカレンダーに書き込まなきゃいけないけれども、いったいいつ? 前来たときってことはないはず。部屋を出るのが最後じゃなきゃ細工は難しいだろうに、実際にシュウさんが教室を出たのは三番目か四番目だったと思う。ううん、よく覚えてはいないけれども、最後じゃなかったのだけは確かよ。鍵を掛ける必要があるのだから、ゲストの人に鍵を渡すなんてことはない。
新たに見付かったハテナを脳裏にとどめつつ、カレンダー全体の検分がスタート。メンバー全員、十四の目で隅から隅まで調べたけれども、特に怪しい書き込みは見付からなかった。
「凄いっ、まるで予言だよねっ」
朱美ちゃんが感心と感動を露わにした。感嘆符が目に見えそうな話しぶりで、皆が目をやったほど。朱美ちゃんも声が思った以上に教室全体に響き渡ったと知り、「未来のことが分かるんなら、宝くじの当たり番号を教えてもらいたいなぁ、なんちゃって」と冗談めかして付け足す。
「ははは。未来に起きる出来事を本当に言い当てられたら凄いんだけどね。これはマジックだから当然、種があります。そこのところを忘れないように」
シュウさん、しっかり釘を刺してきた。さっきの朱美ちゃんの台詞が冗談交じりだってことくらい分かっているに違いないけど、それでも念のために明言しておこうってことなのね。
うう、私も早く水原さんに説明をしなくちゃ。
「身も蓋もないというか、幻滅させるような言い方になるけれども、マジックは可能を不可能に見せる、当たり前を不思議に思わせる技術だと言える」
「あれ?」
水原さんが声を上げた。何ごとかと振り向くと、こう続ける。
「似たようなことを昔の推理作家の人が言っていたのを、読んだ記憶があります。ただし、逆でしたけど」
「逆? 面白い。聞かせてくれる?」
シュウさんも興味をひかれたみたい。もちろん、私も聞きたいと思った。
「お邪魔でなければ……。正確な表現じゃないですけど、『探偵小説は不可能を可能にすることに醍醐味がある』という風な意味合いだったと思います」
「なるほど、逆だ。でも同じことを言っているとも言える」
小刻みに首肯しつつ、シュウさんは応じた。何だか楽しそう。
「“一見不可能に見えることを解きほぐして実は可能であったと示す”、という意味だね。一方で僕がさっき言ったのは、“できて当たり前のことをさもあり得ない、とてつもないことが起きたように見せ掛ける”ぐらいのニュアンスだから。二つの言い方は表裏一体だと思うよ。ミステリとマジックは似ているとよく言われるし」
「ですよね。ただ、推理小説の業界では表現にうるさい人が多いみたいで、批判する声も上がってるんです。また記憶に頼って言うけれども、『不可能はできないから不可能であって、可能になったらそれは不可能じゃないじゃないか』みたいな感じでした」
「ははあ、面白いな。言われてみれば『不可能を可能にする』という言い回しは矛盾を含んでいるね。うん、その点僕の言い方なら大丈夫のはずだ」
片手で額の汗を拭い、もう片方の手で胸をなで下ろすポーズのシュウさん。確かに「可能なことを不可能に見せ掛ける」と言っておけば、作家さんでも批判するのは難しい、いや多分無理。
「脱線させてすみません。種明かしを早く聞きたいです」
恐縮する水原さんに「いいよいいよ」と声を掛けてから、シュウさんは私の方を見た。
「これから種明かしをするつもりなんだけれども、佐倉は見たのが二度目だから、気付いたことがきっとあるよね?」
「う、うん」
言ってもいいのかな? 探る目つきでシュウさんを見返した。
「佐倉が分かった!っていうのなら、種明かしの役目を譲ってもいいんだが、どう?」
「えーっ、無理無理! ほんの一部しか分かってないから」
つづく