第48話 水は低い方へ流れる

文字数 2,060文字

「それにしても急に声を掛けてくるなんて、何かあったのかなあ、水原さん」
 つちりんが話を戻した。
「普通に考えて、このサークルのこと、気になってるんだと思うけど」
 それだったら嬉しい。たとえ入会が無理でも、興味を持ってくれたのなら、後々、披露のしがいがあるってものだよね。
「聞いていて気になったことがあります」
 これは不知火さん。
「何?」
「廊下を通り掛かった、多分六年と思われる二人の女子の存在です」
「うん。確かに。話を中断するくらいだから顔見知りなんだろうけど、言葉は交わさないし、目で挨拶したかな?ってくらいだった」
「気になるのはそれ以外にもあります。話の方向が変わった気がするのですが」
「え?」
「最初、水原さんは『厚かましいかもしれない』と切り出したんですよね」
「うん。どんな注意をされるんだろうって身構えていたから、よく覚えてる」
「その後、女子二人が通って話が中断。再開したときには、『差し出がましい』に変わっていた」
「変わったんじゃなくて、付け足したって感じだったわ」
「お言葉を返すようですが、付け足しとはちょっと違うように思えます。『厚かましいというか、差し出がましい』でしたよね? 厚かましいと差し出がましいでは、意味がだいぶ違います。頼まれていないのに勉強を教えることを、厚かましいとは表現しません」
「……うん、そうだね」
 あの場面では、「差し出がましい」こそがふさわしい。
「水原さんは自身で小説を書くほどですから、言葉には敏感だと思います。そんな人が、最初から勉強を教えてあげようというつもりで話し掛けたのなら、『厚かましい』なんて言葉を選択するでしょうか。私には信じられません」
「なるほど。不知火さんらしい分析だね」
 陽子ちゃんが感心した風に首肯しつつ、話に入って来た。
「『厚かましい』で始めたからには、違うことを言うはずだった。だけども何らかの事情・理由で、変更を強いられた。そして咄嗟に思い付いたのが――」
 陽子ちゃんは言いながら、私の方を指差した。何だろ?
「たまたま目に入って覚えていた、サクラのテスト結果いつもより悪かったこと」
「ちょ! 陽子ちゃん!」
 水原さんが勉強を教えてくれたエピソードを話すに当たって、具体的なテストの点は伏せている。悪かったことも、ぼかしたつもりだったのに~。
「いいじゃん。サクラの点より低かったのは大勢いるよ」
「けど……陽子ちゃんは上だった」
「計算ミスをしなかった分だけね」
「この前の算数のテストなら、私もだめだったよ」
 朱美ちゃんが何故か笑顔で参戦。
「基本的にお金と関係なさそうな問題には気合いが入らないんだけど、それにしたって最後の文章問題は訳が分からんなと思った」
「ああ、五人の女子児童の発言を比べて、誕生日を当てろ的な? あれ腹立つよ~」
 つちりんまで珍しくエキサイト気味だ。
「だいたい、実際にはあり得ない場面だよ、あれ。誕生日を知りたいのなら、みんな素直に喋るでしょって。私は拒否されたことないよ」
 占いで他人に誕生日を聞く機会が多そうなつちりんが言うと、妙に説得力が増すわ。
「はいはい、話が脱線している。テストへの文句は、相田先生が今日来たら言おう」
 陽子ちゃんがぱんぱんと手を打って、会話の電車の行き先を戻した。
「では、不知火さんどうぞ」
「木之元さんがそのまま続けてもらってかまわないですが」
「いえいえ、言い出した人が最後までやらないと締まらない」
「そうですか。……水原さんがテストの分からないところを教えると言い出したのは、多分、その場凌ぎの思い付きだった気がします。自分から話し掛けておきながら、やっぱりいいわと帰るわけにいきません。そして話題変更の原因は、やはり六年の二人組にあるんでしょう」
「聞いていて、ぴんと来たぜ」
 声のした方を見ると、森君が座ったまま机にだらんともたれかかり、その姿勢で挙手していた。
「ずばり言うと、水原さんは文芸部を辞めて、こっちに来たがってるんだろ。だけど文芸に入って間がなく、辞めると言い出したら六年生女子にもうるさく言われそう。だから躊躇ってるんだ、きっと」
「私も同意します」
 不知火さんが言った。他のみんなも、基本的に同じ意見らしい。
「そうなのかな」
 私は呟き、首を傾げた。
 昨日の放課後、水原さんから話し掛けてくれたとき、入会希望かもという想像が頭を全くよぎらなかったと言うと嘘になる。それ以上に、怒ってるんじゃないかしらという想像が強かったまでで。
 うーん。普段引っ込み思案の私が言うとおかしいけれど……言ってくれないと始まらない。
 昨日は言い出せなかったとしたって、クラスが同じなんだから、今日も朝から姿を見ている。なのに、勉強を教えてくれてありがとう、というお礼を私から簡単に言っただけで、それっきり。きっかけはあったんだから、入りたい気持ちがあるんだったらついでに話して欲しかったと思う。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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