第160話 硬貨、拭こうか?

文字数 1,853文字

 私の想像を知る由もなく、朱美ちゃんは眉間にしわを作って、返事した。
「海産物でしょ。で、傷付いた人がいないってことは、怪我人と死者が出たと言いながら、実は出ていないってことになる?」
「そうそう」
「あとは……“ん”がないんだっけ。あ――なぞなぞって言ったら、こういうときは“ん”を消すのがお決まりの」
 そこまで言って不意に口を閉ざした朱美ちゃん。逆に目は大きく見開かれてる。
「毛ガニ!?」
 そしていきなり大きめの声で言った。往来で何のつながりもなく突然、「毛ガニ!」と叫ばれるのはそばにいてちょっと恥ずかしい。
「朱美ちゃん、カニがどうかしたの?」
 彼女のすぐ後ろを歩いていたつちりんが、胸元を片手で押さえながら聞いた。つちりんの場合、恥ずかしさよりもびっくりの方が上だったみたい。
「あたし、分かったかも。怪我人から“ん”を消したら、毛ガニになる!」
「いい感じです」
 朱美ちゃんがらんらんと輝く視線を向けると、不知火さんはかすかな笑みで応じた。
「いい感じって、これで正解じゃないっていうの?」
「惜しいところまで来ています。半分ですね」
「半分?」
「それから、もう“ん”を消す必要はありません」
「怪我人が毛ガニで半分正解、ということは、死者も何か別の言葉――分かった!」
 再度、大声で叫ぶ朱美ちゃん。今度はその答まで叫ばないでね。と注意を促したかったのだけれど、朱美ちゃんの喋るスピードが早かった。
「シシャモだね!?」
 毛ガニの次はシシャモ……確かに海産物だわ。
「死者も出なかったっていうのは、シシャモ出なかったってこと。まとめると、輸送トラックのコンテナから、毛ガニもシシャモも飛び出さなかったっていう状況。どう?」
 嬉々とした様子で言い切った。今度こそはと力が入っているのが分かる。
 果たして不知火さんは――朱美ちゃんの方へくるりと振り向いて、拍手の形に両手を合わせた。
「ご名答です。参りました」
 朱美ちゃんは「よっし。やった!」とガッツポーズ。
「いやあ、ちょっと安心したよー。難しいことばっか考えてるのかと思ってたけど、こういう駄洒落も考えてるんだねえ」
「はい。言葉遊びの多くは、駄洒落に通じるので。講釈はさておき、敗者は務めを果たさなくてはいけませんね」
 ごそごそとスカートのポケットをまさぐる不知火さん。私達の学校では、お金を持ってくることを禁止してはいないけれども、あからさまに財布でどん!て感じなのはだめというのが、暗黙の内のルールになってる。なくしたり落としたりしたらややこしいからね。
 ちなみに、私は常にお金を持って来ている。と言っても、何かを買い食いするためとかじゃなくて、コインマジックを練習したり見せたりするための備えとしてね。前に、外国のコインを持って行ったら、先生に「これはだめ」と言われちゃった。お金としての価値は五十円もないはずなんだけど、珍しさから欲しがる子が出てくるかもしれない、というのが理由だった。
「では、どこの自動販売機がいいか、指定を」
 お金を握りしめた不知火さんが求めると、朱美ちゃんは「うーん」てうなりながら、段々足がゆっくりになり、じきに止まってしまった。
「おーい、そんなに悩むとこ? そこにしかないジュースとかあるのかいな」
 陽子ちゃんがつっこむと、朱美ちゃんは首を横に振る。
「どこの自販機とか何のジュースとかで悩んでたんじゃないよ。今のなぞなぞを振り返ってみて、あれで二本もおごられるのは、やっぱこっちが恥ずかしいなと感じた」
「そんなに簡単でしたか?」
 不知火さんが表情を若干曇らせると、朱美ちゃんはまたもや首を横に振った。今度は凄いスピードで。
「簡単じゃなかったよ。あたしが言ったのは、不知火さんがヒント出し過ぎだってこと」
「――そうでしたか?」
 このときの不知火さんの返事は、とぼけた響きが明らかにあったわ。朱美ちゃんはすぐに真似して、「そうでしたよ」とさらに返す。
「だから、くれるのは一本でいい」
「本当にいいんですね? 私は言葉が好きだから、お言葉にもすぐに甘えますよ」
「ぷっ。何それ、おかしい」
 吹き出した朱美ちゃんにつられて、周りのみんなも笑ってしまった。
「女に二言はないから」
 きっぱり言った朱美ちゃんは、「ただし」と付け加えてきた。
「ただし?」
「一本分はジュースじゃなくて現金でもらえないかな?」
 ……朱美ちゃんらしいというか何というか。

 つづく
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登場人物紹介

佐倉萌莉《さくらもり》。小学五年生。愛称はサクラ。マジック大好き。普段はどちらかと言えば引っ込み思案。

木之元陽子《きのもとようこ》。サクラの同級生。元気印で耳年増。

不知火遥《しらぬいはるか》。同級生。本好きで寡黙。大人びて少しミステリアスなところも。

佐倉秀明《さくらしゅうめい》。高校一年生。マジックが趣味。萌莉の従兄弟で憧れ。

相田克行《あいだかつゆき》。五年五組の担任。ぼさーっとしていて、よく言えば没頭型学者風、悪く言えば居候タイプ。やる気があるのかないのか。

金田朱美《かねだあけみ》。クラスは違うがサクラの友達。宝探しが夢。

土屋善恵《つちやよしえ》。同じくサクラの友達。愛称つちりん。オカルト好きだけど現実的な面もある。

水原玲《みずはられい》。サクラの同級生。推理小説好きが高じて文芸部に。

森宗平《もりそうへい》。サクラの同級生。クイズ・パズルマニア。

内藤肇《ないとうはじめ》。サクラの同級生でクラス委員長。女子からの人気高し。

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